uenaimori

先週末、「植えない森づくり」の活動に参加してきました。
この活動、熊本在住の平野虎丸さんという方が長年にわたってやってきている自然保護活動です。

虎丸さんは出資者を募り、各地の杉植林地の山を購入して、杉を伐採した後にそこを自然林に戻す活動をしています。戦後の拡大造林政策で大量に植えられた杉の木を、動物も住める自然の森に戻していこうということで、杉の伐採の後には、ほとんど人は手を加えず、自然の植生に任せて長い年月をかけて安定した森に変えていきます。
昨年、虎丸さんはメリーモントからすぐ近くにある山林20ヘクタールを、その植えない森づくりのために購入しました。私も縁あって虎丸さんの活動のお手伝いをさせてもらえることになったのです。

1週間前の土曜日には、はじめてその山へ行ってきました。
一緒に連れていった息子3人は、私たち大人が駐車場にする場所を草刈り作業をしている間、離れて遊んでいるようにといいつけておきました。1時間後、遊びから戻ってきた彼らは満面の笑み。心ゆくまで自然の中で遊んだ彼らはほんとうに楽しそうでした。この山は部分的には杉の人工林。初めに人工林の中で遊んでから、自然林へと移動していった彼らの口からは思いがけない言葉が聞かれました。それは、「匂いが違う」という表現。自然林のほうが匂いが良くて、とってもいい気分なんだそうです。これは、草刈り機の排気に包まれて作業していた大人たちには気付かなかったことです。こどもの表情をみれば、私たち大人が彼らのために本当に何を残していったらいいかを教えてくれます。そして、おまけに戻ってきた彼らの手には拾ったゴミ。大人が山をきれいにしていることをよく解ってくれていました。

植えない森づくりの活動に興味のある方は虎丸さんのブログ「山大学 植えない森のすすめ」をごらんになってください。これからこの高森の山では伐採した杉を使った小屋づくりなど、夢のあるプロジェクトを進めていく予定です。たくさんの方に興味を持ってほしいです。


スポンサーサイト
keisyasolar1

鶏小屋には夜間用の照明をつけています。
鳥が夜に眠るのに灯りなんて必要なのかな?と思っておりましたが、お隣さんで養鶏をなさっているHさんに聞くと、真っ暗な中だと鶏が不安になるので、あまり明るすぎない程度の、ほの暗い電球を一個つけてあげるということなんですね。それに、この鶏さんたちがここへ来る前のことですが、飼っていた合鴨さんたちが、2晩にして4羽も夜の間にいなくなっちゃったんです。合鴨というのは、鶏以上に臆病で、常に集団行動をしています。ですから、単独でどこかへ夜逃げするということはありえません。夜に寝ていた周辺には羽根が地面にたくさん落ちていましたので、おそらく手口からして野生のキツネにさらわれてしまった可能性が高いのです。

キツネはとても利口な動物ですから、小手先の防衛方法では対処できないんじゃないかなあと思いましたが、その翌晩から、夜には照明をつけて、ついでに人の気配を、ということでラジオをつけっぱなしにしておいたのです。それからは夜に鴨がいなくなることもありません。

鶏さんが来てからは、ラジオはちょっと睡眠妨害になると思い、照明だけを続けています。
その照明用の電源は、これまで建築用工具にも使っていた九電の電気を延長コードでひっぱって使っていたんですが、今回、これを念願の自家発電に切り替えました。

使う照明は、消費電力わずか3WのLED電球が1個なので、システムとしてはごく小さいもので大丈夫です。
ただ、一晩あたり、13時間くらいはつけっぱなしですので、そこそこの蓄電システムがいりますね。

一晩あたりの消費電力量は、3W×13(時間)=約40Wh
この電力をつくるソーラーパネルの大きさは、ここの冬場の気象条件から考えると、50Wもあれば十分と考えました。晴天時、日中5時間フルで発電すると、250Wh 発電しますね。これでおよそ6日分の発電になります。ただ、ここは曇りや雨が多いので、晴れよりも曇りを前提に計算したほうが安全です。曇りの度合いによりますが、曇天時に1割の発電を見込むとすると、本来50Wの出力のパネルからは5Wの電気がつくられます。これで1日5時間発電すると、1日25Wh発電してくれます。つまり、曇りのときには必要量にちょっと足りないくらいですが、数日に1日晴れてくれれば、十分それを取り返せるという計算です。

こういう計算は、ソーラーパネル設置の手引きなんかで、基本の計算式があるんですが、気象条件もろもろの違いによって、あんまりあてにならないというのが、私の経験です。

ですから、ここでは経験上、50Wでいくことにしました。
パネルはヤフオクで購入。送料込みで6600円。

パネルでつくった電気は、コントローラーを通じてバッテリーに蓄えます。
バッテリーは、本宅のソーラーシステムで使い古した12V/115Ahのけっこう大きいもの。でも、もう寿命が近いですから、本来のスペックの2割程度の蓄電量しか期待出来ないものです。ただ、今回のシステムではまだ使えそうです。

keisyasolar2

コントローラーは、中国のEPsolar社製のLS0512R。EPsolarは、中国メーカーの中ではある程度信用のおけるメーカーです。とても小さいコントローラーですが、ライティングのコントロールを自動でやってくれるとても賢い機械です。つまり、日暮れになると夜の照明を勝手につけてくれて、日の出とともに照明をOFFにしてくれます。だから、いったん設備を作ってしまえば、一切スイッチ操作をする必要がない訳です。これで2880円(「蓄電システム.com」さんより購入)というのはありがたい。

このコントローラーではバッテリー電圧を正確に把握できないので、デジタル電圧計を別につけました。これも蓄電システムさんより880円で購入。廉価版のチャージコントローラーをお使いの方には、これはとてもおすすめ。LEDの点灯だけではアバウトなバッテリー状態把握しかできませんが、これを使うと0.1V単位でリアルタイムに発電状況とバッテリーの電圧を把握することができます。

とても天気の良かった先日にこのシステムを鶏小屋に設置しました。
この自動ライティングコントロールシステムというのは初めての経験だったので、その日は夕暮れ時にはいま点くかと家の中から鶏小屋をしばらく眺めておりました。すると、日が落ちて真っ暗になったと同時にぽっと灯りがともり、ほっと安心。思わず行って写真に納めてまいりました。

keisyasolar3

すでに鶏さんたちは隅に仲良く集まって就寝中。
人も鶏もこれで安心して夜をすごすことができるようになりました。
2015.01.19 はたらく
makibaito1

「はたらく」ってどういうことだろう?
私はこのことをおとなになるまで考えたことがありませんでした。
大学を卒業した頃は、当たり前のように企業に就職して、ということにどうしても同調できなくてインドへ渡ってしまいました。
それから後に、社会の一員として働き始めてからも、「はたらくとはなんぞや」という問いへの根源的な答えに至らないままに忙しい毎日を過ごしてきたように思います。

家族ができて、阿蘇へ移住し、この生活を始めて8年目。
今考えられる答えは「はたらく」ことは「生きること」だと言えるような気がします。

昨日、近所で有機農家を営んでいる友人のお宅へ、仕事に行ってきました。
そこは農家さんですが、頼まれた仕事は「薪づくり」です。
そこのお家では家の暖房に加え、給湯用のボイラーに薪を使っているので、とてもたくさんの薪を毎日消費します。ところが、友人の彼は家業にとても忙しくて薪を作っている暇がないというのです。薪づくりはとてもハードな仕事です。原木からチェンソーで玉切りをして、それを機械や斧で割り、ストックしていきます。原木はケヤキなどの広葉樹になると、玉切りした40センチくらいの長さのものでも、ひとかたまり30kgくらいはあります。多少この仕事に慣れている私でも、1日作業すると次の日には立てなくなることもあります。

仕事をくれた彼との契約では、基本的には労働の対価として、彼が作った野菜を頂くことにしています。お金はあくまでも通貨です。汎用性の高いものですが、そのお野菜は彼にしか作れないとてもおいしい有機野菜です。私の特技(薪割り)と彼の生産物をこうやって直接交換することは、目に見えないつながりをつくることができます。このつながりというのが、地域の中で生きていくにはとても大きな安心感になります。

昨日はそこへ長男と次男も労働者として同伴してもらいました。
彼らと一緒にいくのは今回が2回目です。

現場では、私はチェンソーでひたすら玉切り。
長男は玉切りした原木をエンジン薪割り機にセット。次男はエンジン薪割り機のレバーを操作して機械を動かして割る。このエンジン式の薪割り機でしたら、原木を機械に乗せることさえできればこどもでも割ることができます。この役割分担で、初回もとてもうまくいきました。

今回2回目の仕事を引き受けるにあたり、実は私、事前に友人の彼にあるお願いをしてありました。
それは、労働の対価として、今回はこどもたちに日当として「現金」をあげてほしいと。
私は普段はお野菜を頂くことで、家族の生活も回すことが出来ますし、それで納得しているんですが、こどもたちには、自分の労働がより広い社会の中でも意義のあることなんだと思ってほしかったからです。

それをこどもたちに話したのは、仕事へ行く車の中でのこと。
ところが、それを聞いた長男は「今はお財布の中にお年玉があるからいらない。もらったらパパにあげるよ」「パパはそれで家作ったりすればいいよ」というのです。次男も同じような意見。「お金より野菜もらったほうがいいんじゃないの?」とまで言われました。

これにはびっくり。
確かに、お金をもらったところで、普段は好きなものを買いに出るということもありませんし、自分の欲というものがお金とつながっていないようなんですね。うちの子たち、遊ぶおもちゃといっても買ったおもちゃはあまりなくて、既成品のおもちゃも頂き物ばかり。
しかしそれより、彼らの中には、すでにわたしが考えていた以上に、「はたらく」→「たべることができる」という図式が育っていたようです。

この日はこのふたり、本当に頑張ってくれました。

makibaito2

予定より早くに目標量を割り終えてプラスαの仕事もこなして帰ってきました。
家につくと、我が家の敷地からは阿蘇山の噴煙がもうもうと立ちのぼっているのが見えました。

makibaito3

そして、阿蘇山と反対側にはお隣り大分県にある祖母山が夕焼けに赤く染まっていました。
それはもう息をのむような美しさ。
この地の人はこれを「赤祖母」と呼んでいます。

makibaito4

この偉大な自然に恵まれ、健やかに成長している我が子たち。
こどもたちと一緒に生きていられるこの時間をいとおしく感じた1日でした。
juribd1

今日は末娘の2歳の誕生日。
毎度のように、誕生日は家でパーティー。
いつもは夜にごちそうとケーキを作り、プレゼントを渡すというのが恒例なんですが、やっと2歳になった彼女は、まだ夜が早く、普段は夕食どきには疲れて機嫌が悪くなります。
ですから、今回はランチタイムにパーティーをすることにしました。

ちょうど小学生たちも冬休み中ということもあり、家族全員がそろっているということも幸いでした。

小学生のこどもたち、上の2人は食事のメニューのうち、1品ずつを料理してくれることに。
妻はデザートのケーキを朝から仕込みました。
小学1年の二男は一昨日から、木を使ってかわいいおもちゃの飛行機を作ってプレゼント。
5歳の三男はアルミホイルを使って家の中で投げて遊べるようにとボールを手作り。

それぞれが思い思いに自分ができることをプレゼントする中、
私は1年越しの想いをこめて木馬を作りました。

実はこれ、彼女が1歳になる誕生日にプレゼントしようと考えていたものなんですが、1年前の正月はこれを作る時間がどうしてもとれず、何もプレゼントしてあげられなかったのです。

今回は2日半をかけて設計、製作しました。

juribd2

はじめはおそるおそる動かしていたものの、次第に慣れて大胆に。
こんな大きなおもちゃが自分だけのものだということにもとても誇らしげで、他の子が代わってのらせてくれと再三お願いするのにかかわらず、とうとう1時間もこぎ続けておりました。

気持ちをこめた手作りのプレゼントの神髄というのがここにあります。
その子が笑顔で幸せな時間を過ごしてくれるようにと誰もが想いを寄せて祝った素敵な誕生日でした。
2015.01.03 竹そり
takesori3

これは昨日の日も暮れかかった家の前、自作の竹そりで爆滑する子供です。
もう絶叫と歓声、大興奮で外が真っ暗になるまで帰ってきませんでした。

毎年のことですが、年末にはほとんど家に居られない私。
28/29/30日の三日間は消防団の夜警があり、夕刻から朝まで泊まりがけの勤務になります。そこの会計もやってる私は、夜の食事係も兼ねているため、昼間も買い出しや食事の準備なんかでもう大忙し。ですから、やっと家族とほっと一息をつけるのが31日となります。すでに冬休みにはいっている子供たちにとってはあんまり嬉しくない父親の年末姿なんですね。

明けて元旦には住んでいる部落の新年会があります。さらにそこの会計も務めている私はこの日も半日は大人どうしの付き合いに出かけてしまい、これまたこどもは少々さびしい状況。

そんな地域の役がようやく一段落する2日、ようやくこどもとのまとまった時間がとれます。
外は前日からの雪。
かねてから約束していた「竹そり」づくりには絶好のチャンスとなりました。

竹は肉厚のモウソウ竹を敷地内から切り出します。

takesori1

その竹を子供たちと一緒に切ったり削ったり。
普段からのこぎりには慣れている上の男の子2人はもう進んでどんどん切っちゃいます。
角を削るナイフも怖がることなく。

takesori2

この頃はもうすぐ2才になる末娘までのこぎりを持ち出して「ぎこぎこ」やっています。

takesori5

当然、まだちゃんと切ることはできませんが、刃物をきちんと「道具」として認識していることは目に明らかです。その証拠に、教えてもいないのですが、私にそののこぎりを手渡すときには、のこぎりの持ち手を私に向けて渡すのです。これは、上の子たちには刃物を扱う際の約束事として教えていたことですが、1才の彼女にはまだ話してもいなかったことなのです。それを自分で考えて身につけていたことには驚きました。

道具を使っておもちゃを手作りする。

言葉にすれば簡単なことですが、これは決して簡単にはできません。
そしてその作業の中にはとてもたくさんの成長の種が潜んでいます。
それを着実に身につけてくれている我が家のこどもたちを誇らしく思えた竹そり作りの1日でした。