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2012.08.31 九死に一生
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「有機リン系農薬」。

農家の方にはめずらしくない、現代ではごく一般的に使われている農薬の種類です。
主に殺虫剤に使用されています。

地下鉄サリン事件で使用されたサリンも有機リン系の毒剤でした。

有機リン剤が体内に入ると、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)と結合し、その分解酵素としての作用を阻害します。その結果、コリン作動性神経終末にアセチルコリンが過剰に蓄積するため、さまざまな中毒症状が発生します。症状としては、瞳孔が小さくなる縮瞳(しゅくどう、発汗、よだれ、痙攣があらわれ、重症の場合は徐脈(じょみゃく)、呼吸障害、肺水腫(はいすいしゅ)、昏睡(こんすい)となり、死亡します。

私はもちろん畑に農薬は使わないのでこのようなことは詳しくは知りませんでした。これは動物病院のドクターから教えてもらったことです。


2年前、わずか1歳だったわが家の愛犬がこの毒によって亡くなりました。

その死後すぐに飼い始めた2歳になる愛犬メルも先日、同じこの毒にやられました。
メルは運良く動物病院で命をとりとめました。

自宅の庭先で痙攣を起こして苦しそうに息をしていたメルを見つけ、急いで動物病院へ搬送しました。
2年前の経験があるのでわたしはすぐに農薬によるものだと察して事前に病院へそれを電話で話しておきました。
病院のドクターは経験のあるとても優秀なドクターで、その症状をみて的確に原因を推察し、迅速に処置してくれました。

農薬にもいろいろな種類のものがあり、それぞれによってその処置法も異なるそうです。

口から毒が体内に入った場合、わたしは胃洗浄をおこなうものと思っていたのですが、それはおこないませんでした。メルはすでに痙攣、よだれといった症状があらわれているので、胃の中の毒性はすでに吸収されて血液中に運ばれてしまっているのです。ですから、血液中でその毒物とくっついてその毒としての作用をおこさせなくする中和剤を投与するのです。ですが、その中和剤もそれ自体、生体にとっては毒性があり、誤ったものを投与すると逆に状態を悪化させてしまうのです。

ドクターは長年の経験から、メルの瞳孔が小さくなっているのを見て、「これは有機リンに特有の症状なんだよ」といって、その中和剤であるアトロピン5mgを静注しました。アトロピンは数分ですぐに効果があらわれ、瞳孔が若干広がって呼吸が少し和らぎました。胃の中の残存毒に対処するために、さらに5mgを皮下注射して(皮下に打つとゆっくりと吸収されるため)処置は終わりました。

メルが助かったのは摂取した毒が致死量にいたらなかったためでした。不幸中の幸いです。

メルはおそらく周辺にまかれた毒餌を食べたものと思われました。

このあたりには農作物を食べるたぬきやきつねなどの野生動物がたくさん住んでいます。
それを嫌う一部の農家の方は農薬を中に仕込んだ毒餌を作って畑の周辺にまくことがあります。
また、放し飼いの犬や猫を嫌う一部の方も同様のことをすることがあるようです。

大きな声では言えませんが、うちの犬は自由にさせていることが多いので、他のおうちに迷惑をかけているかもしれません。以前の犬は近所の鶏を襲ってしまったこともあり、そのときは丁重におわびにうかがいました。

犬は飼い主が居てその家族として生きているわけですから、社会の中でのマナーを守るのは当然です。飼い主はそれをわきまえておかなくてはなりません。このことはとても難しい問題です。

前の犬が亡くなったときには、想像もしていなかった突然の出来事にショックと怒りがこみあげました。
毒餌の可能性を知って警察にも話しました。
うちの小さなこどもたちが誤って口にすることも考えられるからです。

しかし、人はいつも相手の立場にたって物事をとらえるよう努めなくてはなりません。
たとえ愛する家族を殺されても、それをやってしまう相手の気持ちや状況、歴史を理解することの大切さは長い宗教の歴史が教えてくれています。

ですから、あちらが悪い、こちらが悪い、といった一元論では事は解決しません。
今わたしたちが住んでいるこの地球上で、
今、そしてこれから、わたしたち人間がどう生きていくかというビジョンが大切です。

いつどんなときでもわたしたちは目に見えないほど小さな生き物の力に支えられています。

その小さな小さな命と自分の命がまさにつながって、そしてすべてが無駄なく存在していること。

それをとても大切に感じて、そこから自分の暮らしと未来を考えること。

あらためてそれを大事にしたいと思わせてくれる出来事でした。





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2012.08.29 床板の輝き
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あいかわらず九州は湿った日が続いています。

梅雨の末期に九州北部豪雨災害に見舞われましたが、そのあとも台風が立て続けに来たりして、まったく雨の降らない日はないほどです。

夏になれば家の建築もどんどんはかどるぞと思いきや、いったいいつになったら屋根仕事が終わるんだろうと思いながらついに8月も終わりを迎えそうです。

しかしそんな雨の日でも、作りかけの屋根が雨をしのいでくれているおかげで内部工事を進めることはできています。

今取り組んでいるのが、ロフトの床板張りです。
この床板は地元の製材所から購入した極厚の杉板で、それをかんながけし、実(さね)加工し、オイルフィニッシュして仕上げました。製材所で鋸引きしただけの粗い板が手を入れるごとに魂が入り、輝きだす変化はほんとうに楽しいものです。

夏は来客の多い季節。
先日一家ではるばる遊びにきてくれた小学生の男の子や、東京から来たインドア派の青年も、床板のオイル仕上げに大きな貢献をしてくれて、それぞれの足跡を残していってくれました。

そうやって仕上がった130枚の床板を今、ロフトの梁の上にひとつひとつ丁寧に張り初めています。

大工さんに聞くと、普通は外壁をすべて施工終えてから床を張るそうです。
それは雨が吹き込んで床が汚れることを施主さんが嫌うから。でも二階妻壁の壁工事の作業にとっては床があったほうがやり易いことは言うまでもありません。

屋根裏空間の端から張っていくわけですから、初めは屋根と桁(けた)の狭いコーナーに身をかがめて作業し始めていました。1日経つと腰や背骨が痛くなるくらい。

それが2日、3日と経つとその空間が広がり、今はおとなが頭をぶつけずに歩けるところまで来ました。
今まで歩くことができなかったところに安心して足をつける空間が沸きあがるという感動。
この作業をしていると、それが無性に嬉しくてたまりません。

家作りというのは地道で長い準備と、それが一気に形を表すことの繰り返しです。

私がその瞬間の感動を味わえているときには、必ず長い準備期間を手伝ってくれた数多くの仲間の顔を思い出し、縁というものの素晴らしさに感謝します。自分の生涯に何度とはない「家をつくる」という行為を自分の力でやろうと思ったときは、こんなにかけがえのない喜びがその中に隠されているとは、想像できなかったことでした。

ピカピカすべすべの作りたての床上。

走り回って遊んだあと、気持ちよさそうに寝てしまった三男でした。
kids camp

いやあ、あんまり内容が濃すぎてアップするのが億劫になってしまってましたこのキャンプ。

予定していた日程が雨で順延になり、迎えた8月14日。
キャンプに参加したのは、阿蘇在住の友人知人総勢40名。そのうちこどもが24名でした。
うちのこどもたちも、もちろんしっかり参加しました。

今年のキャンプの一番の目的は、「いのちを頂く」こと。
そのため、事前に参加予定家族にお願いしたことは、「食べるための動物を手に入れてくること」。

これ、1週間前の準備ミーティングのときに、ぼくが思いつきでみなさんにリクエストしたことなんです。
我が家では2羽の鶏を飼っていて、このキャンプのときに締めていただこうと思っていたんですね。
その2羽は次男の誕生日にいただこうと、以前友人の農家からいただいてきたもので、(以前ブログにも書いたんですが)そのときはかわいそうになって絞めずにいたんですね。それから、鶏小屋を作って毎日えさをやり、4ヶ月共に暮らしてきました。その鶏さんをいよいよいただこうということにしてきたんです。

こどもたちにも、このキャンプの趣旨を説明して、時間をかけて鶏さんの命を頂くということについて徐々に理解してもらってきました。そして、その鶏を一番かわいがっていた長女もようやく納得してくれたところだったんです。

けれど、今回キャンプに参加しようとしている他の参加者の方たちは、自分のところで飼っていた鶏でもないわけで、当然、その命に対する思い入れというのは格段に異なるわけなんです。たとえ自分の手で絞めても、それは「殺す」という行為に対して抵抗はあるかもしれないけれど、慈しんだ命をその手で絶つというのとはまるで次元が違うことになるんですね。

ですから、事前ミーティングのときに思いついたのが、ほんのわずかの時間でも、生きている命と時間を共有してもらって、命を絶っていただくということの重みを、より感じて欲しいと思ったわけなんです。

まあ、これはぼくの個人的な思惑でして、この考えが事前段階でみなさんに浸透していたかといえば、それは当然受け止め方はひとそれぞれであったようです。

ともかく、こうして当日には8羽のとりさん(鶏が5羽と合鴨が3羽)が集められたのでした。


今回のキャンプに参加されたほとんどのみなさんは、鶏を絞めるのは初体験ということでした。
そういう、主催者の私も、経験はたったの1度。
しかも、1度目は断命作業には直接手をだしていませんでした。

今度は、私にとっても自分のところで育てた鶏を絞めるということで準備もしっかりやってきましたし、心構えもちゃんとつくってきました。作業上の段取りも考え、まずは私がみなさんに手本を見せることにしていました。

みなさんが見守るなか、初めの1羽を連れてきてくれたのが長女でした。
その鶏はいつも長女がえさをあげてかわいがっていた鶏。
長女はいつものように、慣れた手つきで鶏を捕まえて脇に抱えてきました。
抱えられた鶏はおとなしく、じたばたすることもありません。

私は、鶏を取り囲んでいる参加者のみんなに左頚動脈の探し方を話し、ナイフをどうやって入れたらいいのかなど、細かいことをひと通り説明しました。

そして、ナイフを入れる直前に、鶏を抱えて緊張している長女に対して「誰かに(鶏を)おさえてもらおうか?」と訪ねると、「私がやる」とはっきりと答えたんです。

その鶏を一番かわいがっていたその長女が、です。

そうした「覚悟」をできるほど、いつの間にそんな逞(たくま)しい心が育ったんだろう、と私は驚いてしまいました。

そして、しゃがんだまま長女が抱えているその鶏の頚にナイフを入れると、娘の腕の中で鶏は強く暴れてなんとか逃れようとしました。でも決して腕を緩めてはいけないと、娘は身体全体でさらに力をいれてその子を抱きしめました。顔を伏せて必死に暴れるのを抑えているのです。

私のナイフの入れ方が浅くて血が抜けるのに余計に時間がかかったせいもありますが、娘にとっては相当な長い時間に感じたことでしょう。それでも、時間にしたらほんの数分ほど。最後の力でもがいた鶏の身体から、次の瞬間にはすーっと力が抜けて頭を地に落としたのです。

そのとき、その変化をいちばんナマで体感していたのが娘だったはずです。
「もう離していいよ」と言われて顔を起こした娘の目はやはり赤く潤んでいました。

その後、娘は解体のすべての作業に積極的にかかわり、調理の最後まで手を抜きませんでした。

その夜、彼女は自分で手がけた命を初めて口にし、自らの肉体の一部としました。

参加者40名。このキャンプを通じてそれぞれがそれぞれの感じ方で命というものに向き合いました。
「このキャンプに参加してよかった」という参加者みなさんからのコメントをいただいて、主催者としてのわたしは、とても嬉しく思いました。けれどわたし個人としては、ひとりの父親として、この日の長女の逞しさほど嬉しかったものはありませんでした。


*なお、冒頭の写真は長男。やっぱり最初から最後までがんばってました。鶏の羽をむしるところから、火起こし、調理、ぜーんぶやってまったく頼もしかった彼。でも夜のテント泊ではパパがいなくて泣いてしまうところがまだかわいーんです!




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私が初めて建てたメリーモントの小屋が完成してから、この夏でちょうど3年になります。
建築仕事を実地でおぼえるための練習台でしたから、はじめからあまり完成度は高くはありませんでした。

今年の梅雨は異常な雨量でしたので、屋根の雨漏りも異常な量でした。そのとき泊まっていたエイドリアンくんはこの狭い部屋のなかに4つもなべを置いてそれをしのいでくれました。
この小屋の屋根は草屋根になってますので、そう簡単に修理ができずにいました。
それを今日やっと終えることができました。

そして、もうひとつ不具合だったのが、電気です。
昼間、太陽光パネルはしっかり発電してくれてはいるのですが、バッテリーの劣化のため、夜部屋にもどったエイドリアンくんが明るい部屋で活動できるのが10分という状態でした。

さて、ここで自家発電システムのはなし。
この小屋は太陽光発電のオフグリッドです。
オフグリッドというのは「独立型」のことです。

その反対が「系統連係型」。これは電線からの電気と、自分のところで発電した電気を併用するもので、自分のところの太陽光パネルで発電した電気と電気会社が作る電気がごちゃまぜになってしまいます。いちおう、パネルの発電量と消費電力量は計算され、差し引きプラスのときは電気会社にその余剰電力を売り、マイナスのときには電気会社から足りない電気を買うという形になります。

自分にとっては、同じ電気でも、それをどうやって作り出しているかが大きな問題ですので、うちの場合は絶対に「オフグリッド」です。
しかし、そのオフグリッドにとっての大きな問題が、どうやって電気を蓄えるかということです。
太陽光発電は、パネル自体、半永久的な耐久性をもっている優れものです。
しかし、当然夜には発電しません。
が、基本的には電気は夜のほうが使います。
ここの小屋の場合、LEDの照明がふたつと、小さなオーディオシステム。それに、時に応じてラジオ用の乾電池の充電なんかをおこないます。

これまで使用していたバッテリーは、ユンボの大きな中古バッテリーでした。それが寿命を尽きたあとはさらに車用の普通の中古バッテリーを2つ使いました。そのどれもがそう長くない間に寿命が尽きてしまいました。

中古バッテリーは車の修理工場からタダでいただいてこれるので、これをつないでいけばランニングコストはかからないぞと思っていたんですが、そもそも、車のバッテリーというのが、太陽光発電のオフグリッドシステムには向かないんですね。

車のバッテリーというのは、エンジンが回転してオルタネーターにより発電しているときに消費するので、常にコップの水が満タンに近いあたりで水面が上下してるようなかんじで電気がためられています。

しかし、たまに駐車中にライトをつけっぱなしにしておいてバッテリーがあがってしまうようなことがあると、そのバッテリーは相当にダメージをくって、それまでのような性能を発揮できなくなってしまいます。

これは、バッテリーの性質上しかたのないことなんですが、これでは、夜発電していないときに照明を長い時間つけておくようなオフグリッドのシステムには向きません。

そこで、オフグリッドシステム向きのバッテリーとして、ディープサイクルバッテリーというのがあります。これは一般にフォークリフトやゴルフカートなんかのように、それ自体を電力源として動くようなものに使われてます。けれど、このバッテリーがまた高いんです。車用の数倍の値段がします。

しかも、ディープサイクルバッテリーといえど、寿命があって、数年で買い替えということになります。
けれど、必ず寿命がきて、しかも世界中で多用されているバッテリーを消費し続けることって全然エコじゃないって思いませんか?自然エネルギー推進といってもそのシステムの別の部分で資源を浪費してるんじゃ本末転倒。

が、その寿命がきたといわれているバッテリーを特殊な技術で再生してる人がいるんですね。
これはえらい!
私の友人に教えてもらったその会社は同じ九州のお隣県。
大分県にある「かのう」さん。この会社はシニアカートの販売をしてるところで、バッテリー再生・販売事業も同時に手がけています。

インターネットをつうじて今回購入したのは、
「スズキ純正(国内メーカー新神戸電機製) SC38-12 リビルト(再生リユース)バッテリー」というもの。
やっぱりシニアカーに使用されてるものです。そこの再生技術で新品性能比95パーセント以上らしいです。
わたしは電気にはあまり強くないので、そこらへんのつっこみはあまりせず、リサイクル良し!ということで購入させていただきました。
価格は新品の半値。送料代引き手数料無料の9030円でした。
12Vで容量は38Ahあるので、
いままでの経験上1日の晴天があれば、「夜間のLED照明2つ使用×3日分」くらいはもってくれるかなあという期待です。

これで安定したオフグリッドシステムとなれば、この小屋に泊まりにいらっしゃるお客さんにもご迷惑をかけずにエコライフを楽しんでいただけます。たのしみ。
   ~こどもDIYキャンプ in メリーモント のご案内~

 2010年にスタートしたこのキャンプは、夏のメリーモント恒例こどもキャンプとして、今年が第3回となります。DIYとは「Do It Yourself」すなわち、「自分でやろう」という意味です。よくおとなの日曜大工などに使われる言葉です。ふだん使っているものを自分で一から創ることで道具の扱い、ものづくりの技術、工夫して考える力、ものを大切にする心が育ちます。

 このキャンプでは、とくに自然の素材を使ってのものづくりの楽しさを、おとながこどもたちとともに育てあうことを目的にしています。自然の恩恵で自分たちが生かされていることを学んだこどもたちは、やがて自然に対する敬意の心をもってわたしたちが歩むべき共生への道につなげてくれるでしょう。

 そして、今年のもうひとつのDIYは「食」のDIY。わたしたちは常に他の命を食べることで生かされています。しかしふだんの生活においては、わたしたちが食べているのが「命」であるということが実感されにくいシステムになっています。

 今回のキャンプでは、生きている命を自分たちで絶ち、それを料理して自らの命へと変えさせていただきます。はじめてのこどもたちにはとても刺激が強いかもしれません。でも食べていのちをつないでいくということ、それこそが生きるということを知るには早すぎることはありません。

 参加するこどもたちは0歳から小学生まで。基本的に夜はこどもたちだけでテントで寝ます。ふだんパパやママから離れられない年齢のこどもたちも、おにいさんやおねえさんと日中の活動を通じて仲良くなり、夜はこどもたちだけでテント泊。みんなと一緒に自立へ向けての一歩にチャレンジしましょう!

 さあ、自然と命に感謝するキャンプをみなさんで楽しみましょう。


■日程  2012年8月10日(金)・11日(土)
■場所  メリーモント      
      住所:熊本県阿蘇郡高森町尾下167-1
      *はじめての方は、本ブログ内、カテゴリー「交通案内」をご参照ください。
■参加費 無料
■参加用件 一家族につき鶏一羽(鴨など、その他小動物でも可)を持参のこと
■連絡先 Shu (メリーモント)
     電話 0967-64-9360
     メール aso2007@hotmail.co.jp

*参加ご希望の方は、8月6日(月)までに参加されるお子さんの名前名と年齢、および同伴される保護者の名前をShuまでご連絡ください。
barrel bath

梅雨もようやく明けて夏の陽射しがありがたい季節になりました。

わがやでは、初夏から秋口にかけての間は太陽熱を使ったお風呂を使っています。

現在すんでいる借家にはもともとガスの追い炊き設備がありましたが、冬場にお風呂のために使うガス代だけで1万円を越えたことがあり、環境意識というよりも経済的な理由によりガスを使うのをやめました。代わりに簡易的な薪ボイラーを設置してお湯を沸かしてます。しかしそのボイラーも手作りの釜なので、風呂のお湯をためるまでに要する3時間ほどはその火焚きから目が離せない状態。同時に夕食の支度をしなくてはならない妻にとっては結構な労働負担となってます。

反面、暖かいこの季節には、メリーモントに設置してある野外型太陽熱温水樽風呂が活躍。

このお風呂の係はわたしということになっているので、妻にとってはまったくの世話要らずであつあつのお風呂が楽しめる幸せな季節ということになります。

この樽風呂は、材料費数百円。ほとんどが廃材を利用したものです。
写真の右側に見えるのが浴槽となる大きな樽です。もともと宮崎の焼酎メーカーが焼酎をつくるために使用していたものを知り合い経由で手に入れたものです。上の蓋の部分を切り抜くだけで、おとなが座ると首まで浸かる容量たっぷりの深さがあります。

そして、左側に見えるパネルが古い太陽熱温水パネルです。これ、そういえば最近の新築家屋にはあまり見られなくなりましたよね。ガスや電気を使ったエコなんとやらという給湯システムが企業の策略でさかんに薦められているせいでしょうか。でも本当は化石資源をエネルギー源としたガスや電気でエコなんてことはありえないんですがね。それに引き換え、この太陽熱温水パネルというものは非常に単純な構造で、電気も使いません。ただタンクに水をためるだけでパネルで温まった水がその間を自然対流してくれます。

この古いパネルは知り合いからもらってきたものですが、タンク部は劣化して使い物にならなくなっていました。タンクの外観はふつうステンレスで覆われています。しかしその内部はFRPのような樹脂製です。そのため、太陽熱にさらされる環境では経年劣化は避けられない品物です。劣化したタンク内部の樹脂部はおせんべいのようにぱりぱりに割れてしまっていました。

そうやって廃棄されてしまう太陽熱温水器が多いことと思うのですが、パネル自体は鉄製のパネルに強化ガラスで覆われていますので、耐用年数はずっと長いのです。

この風呂のシステムは単純で、壊れたタンクの代わりに浴槽となる樽を直接パネルに接続しただけのものです。


朝、浴槽の水をパネル下部のドレインボルトを外して抜き、たわしで浴槽を洗います。
樽は木製でとっても感じがいいんですが、弱点は雑菌が繁殖しやすいことです。
毎日水を取り替えなくてはいけない(日によっては2日使いますが)ことと、浴槽の掃除の手間がたいへんです。

そのあと、水を樽に満たし、保温のための厚手のビニールで蓋をしておきます。

晴れた日ならば午後1時くらいにはすでに適温になっています。

そのまま晴天が続くと夕方には熱くてとても入れなくなってますので、入浴する前に水でうめて調節します。

長時間ゆっくりと温められた水に蓄えられている熱エネルギーは非常に安定しているようで、それほど高温ではない温度のお湯でも入浴後にはぽっかぽかに身体が温まります。ガスなんかで急速に加熱した水とはエネルギーの質が違うんです。まるで温泉のような気持ちよさです。

みなさんも廃材リサイクルでほんとにエコなマイ風呂製作してみましょう!
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