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 月曜日のメリーモントは13人のこどもたちでとてもにぎやかでした。

 実は9月からお友だちである、4家族があつまって「自主保育」というのをスタートさせているのです。
自主保育、あまり聞きなれない人もいるでしょう。今は就学前のこどもたちは幼稚園か保育園に通うのが当たり前になっていますが、自主保育という形態は、親たちが集まって自分のこどもも含めて集まったこどもたちすべてに対して保育をするというものです。だからそこには専属の保育士さんというものはいません。

 これまでのところ、試験的にいくつかの場所で保育をやってみました。ヤギや鶏などたくさんの動物を飼っているおうちであったり、フォークスクールという元廃小学校の校舎をお借りしてみたり。うちでやるのはこれで2回目。うちはこどもたち全員が入れるような屋内スペースはないけれど、そのかわりに思いっきり遊べる野外スペースはたくさんあります。まだ細かいきめごとは作ってないので、集まったこどもたちはほとんど好き勝手に森の中を駆け回って遊んでいます。あまりに広いので、「あれ、あの子達はどこ行った?」なんてことにもなってますが、耳を澄ませば遠くの方で楽しい叫び声が聞こえてきます。

 今回は10時半すぎにみんなが集まり、メリーモント2回目ということで少しなれた子どもたちは元気に遊びまわっていました。お昼ごはんはみんなそれぞれのお弁当。ちょっと寒いので私は野菜のスープをつくり、薪の野外コンロでぐつぐつ温めて食べました。これが意外に好評。こどもたちもみんな笑顔でおかわり。ごはんの後はまたそれぞれ遊びに戻り。それぞれが好きな遊びを創造し、気の合うおともだちと楽しむ。大人はあんまり遊びには介入しません。ここでは細かいきめごともなく、みんながゆったりとその時間を楽しみます。

 これから真冬になるとさすがにこの野外保育はきつくなるけれど、今年は異例の暖かさ。来週はまだ元気一杯のこどもたちと遊べそうです。とりあえず毎週月曜日はここメリーモントで自主保育の活動をおこなっていきます。興味がある人はどうぞ遊びにきてくださいね。
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2011.11.23 三男の試練
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 前回更新からまたまた10日も経ってしまいました。1週間前から1歳の三男が高熱をだしてしまい、それだけで家の仕事をまわすのに大変でした。うちの子たちは普段あまり病気をしないのが自慢ですが、今回の熱はちょっと原因がわからず、40度ほどの熱が3日続いたあとに、夜中ひきつけをおこしてしまい、さすがに夫婦で考えてしまいました。発熱は、身体の中に入ってきたなんらかの外敵をやっつけるためにより戦いやすい状態にするためのものであるため、基本的にはそのままにしておきます。けれど、あまりその状態が長く続いて戦う体力が落ちてくると問題です。三男は体力的にはまだ大丈夫でしたが、上の子で経験したことのないひきつけをおこしてしまったので、念のために病院で診てもらうことにしました。胸のレントゲンと血液検査の結果から、大きな心配をする感染ではないことがわかり、抗生物質と風邪薬、それに解熱剤をもらって帰ってきました。もらってきた薬はやっぱり念のためにということで一応とっておきました。病院受診の翌日には熱は下がってきてごはんも少しずつ食べ始めたので今はひと安心というところです。

 ただ、病院を受診してからというもの、やたらと機嫌が悪くなっています。常に泣いて怒って、しまいには他の人を叩いたりひっかいたりの八つ当たり。これにはこちらもたまりません。ただ、その原因をしばらく考えると、ひとつ思い当たることがありました。それは病院でのこと。受診したのは家から車で1時間半かかる救急病院でした。夜到着したその病院。熱でつらくてそれまで片時も親から離れることなくくっついていたのですが、レントゲンをとるときには妻が嫌がって泣き叫ぶ三男の両腕を押さえつけなくてはならず、さらにそのあとの血液検査のときには採血のために三男を看護婦さんに渡して部屋をでるように促されたので、泣き叫ぶ彼を軽い気持ちで引渡してしまいました。その間はわずか5分たらずでしたが、どうもそのわずか5分間の出来事がトラウマになっていると思えるのです。一番つらいときに、それまでずっと抱いていてくれた親が、わけのわからない初めてのところにきて、初めてみる女の人と一緒においていかれ、置いていくなと泣いて叫んでも笑ってさっさと行ってしまい、直後に(たぶんむりやり数人がかりで腕を押さえられて)針を刺されて猛烈に痛い思いをした・・・。これは彼にとって痛烈な記憶として心を刻んでもおかしくありません。それに対する怒りがずっと続いているような気がするのです。思えば採血のとき、看護婦さんに「待合室でお待ちくださいね」といわれても三男と一緒に居ることはできたのです。指示されたことに対して、ほんの少し立ち止まって自分なりの判断をしていればと反省しています。

 病院というところは、権威的な空気に満ちています。医者は患者よりえらくて指示に従うのが当然。現代医療では「患者様へのサービス」と謳っているけれども、やっぱり患者の立場でそこを訪れると旧態然とした空気を感じます。その中で冷静に普段の自分にできるはずの判断をするということはけっこう難しいものです。相手は、3日も熱が高くてなんで病院に来ないんだ、という立場ですし、こちらは飲むつもりはないのに「この薬を出すから飲んでおきなさい」と一方的に指示される。目の前のお医者さんの頭のなかでは、私たちがふだんどんな生活をしていて、熱を出したこどもに一日中添い寝をして、どうにかよくなるようにと梅肉エキスをこどもが飲みやすいように甘みをつけてお湯に溶いていることや、熱を下げようと青葉をむしって首にあててることなんかぜんぜん想像できないんだろうなあ。こちらの考えていることと共通する部分が相手の中にまるで無いと感じるときには会話というのは成立しません。それでもコミュニケーションしなくてはいけないときほどストレスなことはありません。

 今回の件ではいろいろ考えさせられました。でも意外なことに妻はあっさりしてます。西洋医学と東洋医学、病院での医療と補完医療、理学療法士として実際に現場を知っていて、その上で日常の中では自分たちのやり方を実践している彼女はそのへんのことに整理がついてるようです。「それぞれ長所と短所があるから、ここぞというときには病院にお願いすればいい」という割り切りが腑に落ちているようです。意固地な私は病院に行くことは大げさだけれど敗北感みたいなものさえ感じてしまうのです。自分とは異なる他者を受け入れられないことなのかなあ、これでは自分もまだまだ未熟です。

注・写真は熱明けで、早朝しごとで家を出たママを追いかけて泣きながら寒風の中へひとり出ていった、泣きすぎてまぶたの腫れている、いまだに機嫌の悪い三男です
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 前日のよびかけでしたので、今日は残念ながら助っ人はゼロ。でもそれは想定内のこと。週末なので、オープンセサミでの馬小屋建設の仕事にも人手が行っているだろうし、麓の町では僕も行きたかったイベントなんかもやっていました。そこで午前中から(珍しく)妻の手を借りられることになりました。

 ふだんひとりで黙々と木を刻んでいるこの仕事場に、妻が「やる気」で登場することはめったにありません。でも今日は朝からそのつもりで昼食の支度や洗濯などの家事を早めに終わらせて現場にかけつけてくれました。部材となる丸太は4mクラスになるとほんとに重いのです。それをリヤカーに載せて運び、ルーパー(ハンドウインチのようなもの)を使って人力で引き上げ、最後は肩にかついで組み立てていきました。これはとてもひとりではできません。妻とふたりでも相当きつい仕事ですが、人手がなければそれなりの備えをすれば成せるもので、ちょっと余計に準備の時間と頭を使うことで難関もクリア。妻は慣れない建築作業もけっこう楽しんでました。女の人(少なくとも妻)にとってはこうした3次元の作り物というのは苦手分野らしいですが、どんどんとカタチになっていく過程が見えるというのはやはり面白いようです。

 午前中から始めたこの作業、夕方の5時半にようやく終了。無事に北側のドーマーが完成しました。屋根から張り出したこのスペースは4×2mの広さ。ここはこどもたちのための図書部屋となります。我が家には数千冊の児童書があります。これらはいつも私たち家族を応援してくださっている仲間の方からいただいたもの。家が出来上がり、メリーモントの施設がある程度整備されたら、うちに遊びにくるたくさんのこどもたちにも開放しようと思っています。

 夕闇の中、すべての骨格ができあがった我が家。カメラにその姿を収めてからもしばし眺めていました。自分の家を自分の手で作ろうと思い描いた数年前の夢がここまでカタチになりました。
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 南側のドーマがふたつ出来上がっています。明日、北側のドーマを組み上げます。この北側ドーマが完成すれば、とうとう家の骨格のすべてが完成です。南側のふたつのドーマの幅は2mですが、北側のドーマは幅4mあります。桁などの部材は長さ4m以上のやや太めの丸太なのでこれはちょっとひとりではあげられそうにありません。そこで、短時間ですがこの部材の組み上げに手を貸していただけるボランティアさん募集です!

 
日時 11月13日(日) 午後1時
場所 メリーモント
    *場所の詳細は本ブログカテゴリーの交通案内を見てください

 明日はオープンセサミでの馬小屋建設もあるのですが、雪の前に屋根を葺きたいこの仕事も正念場なのでどなたかご協力お願いしますね。

連絡先 Shu 0967-64-9360
open sasami

 きのうも馬小屋づくりにオープンセサミさんに行ってきました。

 こんなことをしているとなかなか自宅の建築が進まないんですが、やっぱり馬たちの命を考えるとほうっておけない。それに、自分の損得勘定でなく、熱意をもって生きているひとを応援したくなってしまうんですよね。それに私にはずるい下心がありまして、ここへ引き取られてくるサラブレッドの中から1頭おとなしい子を頂きたいというのがあるんですね。実はこのはなし、初日に代表のモモセさんにもあつかましくお願いしてあるんです。彼女はジョッキーもやり、馬の調教もできるのです。本来、競走馬というのは小さい頃からムチで叩かれ、ひたすら走れ、走れ、と言われて育ってきているので、性格も荒くて、あまり乗馬には向かないそうです。だから引退したあともなかなか引き取り手がいないのだそうです。でも人間と同じで、中には気性の優しい馬もいるから、「私が調教しなおしてあげますよ」と快諾してくれたのです。

 昨日はそんな下心パワーでたくさんの鉄パイプを地面に打ち込んできました。2度目参加の長男に加えて、初参加のちびっ子たちもはつらつと作業に参加してくれてました。前回と違い、天気に恵まれ、日没近くにはきれいな夕焼け。まわりを遠くぐるりと阿蘇の外輪山が囲むこの美しい景色の中にはやく馬たちを迎えてあげたい。あとひと月もするとそのうちの多くは薬殺されてしまうのですから。

 昨日、午後の作業人員は大人3、こども3でした。このプロジェクトはすべてボランティアスタッフの手にかかっています。一緒に頑張ってくださる方はぜひご連絡くださいね!次の作業日は11月6日の日曜日です。

  問い合せ 090-7623-2908 (オープンセサミ代表 モモセさん)
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 数日前、私が登録してあるメーリングリストを通じて、ある連絡がありました。
そのタイトルは「馬たちの”いのちつむぐ”活動へご協力下さい」。

‏ 内容はこのようなものでした。
「南阿蘇には情熱をもって活動されている方たちがたくさんおられます。馬たちの”いのちつむぐ”活動をされている「オープンセサミ」さんから緊急のお手伝い募集の連絡をもらいました。荒尾競馬場が廃止になり、競争馬達はほとんどが廃棄処分される(殺される)そうです。そして、もう時間があまりありません。 その馬達を受け入れる小屋を建てる協力をお願い致します。」

 賭け事に縁のない私は競馬というものにも全く興味はないのですが、引退した競走馬の多くが食肉用に殺されてしまうという話は知っていました。今建設しているメリーモントの馬小屋にもそうした引退馬を引き取ってもいいなあと考えていました。そんなところにいきなり飛び込んできたこの話。荒尾競馬場というのは調べてみると、地方競馬の中では最古の部類にはいる、とても古い競馬場。このところ何年も赤字経営が続き、これ以上は経営の維持が困難という理由で、それを運営する熊本県荒尾市が本年の12月で廃止とすることを決定したのです。

 馬小屋を建てるというその日は雨。私は南阿蘇で同じ日に催されていたお祭りに行く予定を変更してこの活動をお手伝いすることにしました。
うちの子らにこのことを話すと、長男も興味をもって、私と一緒に作業に参加すると言いました。私たち二人はレインコートと長靴というスタイルで車に乗り、お昼少し前に現場である「オープンセサミ」に到着しました。雨はすでにじゃんじゃん降り。現場での仕事はまずは4mの単管(鉄パイプ)数百本をかつぎ、車が通れないぬかるんだ道をひたすら小屋建設予定地に運ぶことでした。今回の小屋のフレームはすべてこの単管で造ります。

 昼休みにはこのオープンセサミの代表、モモセさんとお話することができました。
というか、初めはちっちゃく元気なボランティアのお姉ちゃんと思ってたのですが、話し始めたらその方が元競馬のジョッキーだということで、この施設の代表さんということがわかったのです。
そのモモセさんに競馬場の実態というものをいろいろ教えてもらうことができました。

 競馬場というものは地方自治体によって運営されていて(今回の場合は荒尾市)、競馬場の役員はみな役人の天下りであるということ、長期的な視野にたった良質な運営という意識の低い天下り役員たちによって競馬場の経営が赤字を累積し、今回の廃止に伴う馬の行く末に対しても、従業員に対する保障においても、彼らは全く誠意のない対応に終始しているということ。その結果、荒尾競馬場が保有する280頭の競走馬はすべて殺処分となってしまう運命にあること。

 なんともひどいはなしです。

 市はお金を生み出す装置として競馬場を保有し、馬と人を利用、そして利用価値がなくなってしまったと判断したらゴミのように殺してしまう。しかもこの処分の件に関してはマスコミ等にはまったくオープンにしていないのです。そもそも競馬界のバックステージはとても閉鎖的で、不透明であるそうです。今年発生した原発事故の隠蔽体質のように、ここでも日本の政治に絡んだ閉鎖的・隠蔽体質が存在しています。

 こんな現状を、仕事上以前からよく知っているこのモモセさんは、みずからの住む熊本県において発生した今回の荒尾競馬廃止に伴うこの非情な対応に業を煮やし、ついにその処分対象となっている馬のうち、できる限りの馬(目標100頭)を引き取るために立ち上がったのです。

 雨の中、重い鉄パイプを文句も言わずに運んだ長男。モモセさんのおはなしもそのまま彼に伝えました。
動物の命をゴミのように扱ってしまうこの社会。けれどその中においても熱く優しいハートで生き、その命を守ろうとしている大人もいる。少なくとも長男にはその現実を彼なりに理解し、自分自身の考えで判断する力をもっていました。

 あさっての木曜日は休日。ふたたび馬小屋建設のお手伝いに長男も行く予定です。
人間が強大な力をもって溢れているこの社会において、人間と動物が共に生きる意味をまた考えてきます。