2011.03.29 てんとういち
market.jpg

 この数日、ようやく寒さがゆるみ、おだやかな春の気配を感じさせてくれる陽気になっってきました。3月に入り、我が家はにぎやかな日々が続いていました。ひとつは、冬季に休業していたウーファーさんの受け入れを再開したこと。スウェーデン、イスラエル、ニュージーランドと、いろいろな国からのウーファーさんが来てくれました。が、その間に3月11日の震災。昨秋からずっと日本旅行を楽しみに計画して来日してくれたニュージーランドのウーファーさんは放射能を懸念して予定を切り上げて行かざるをえませんでした。

 その後は被災した友人家族と放射能から退避的避難をしてきた友人家族を迎えてまたにぎやかな日々。私達と同世代の友人はおなじく幼い子供をかかえています。親としては放射能の危険から出来る限りわが子を守りたい気持ちではるばる遠い九州まで移動してきました。何年も会っていなかった友人たちと再会できたのは良かったのですが、こんな状況下でなければもっと楽しい時間を過ごせたのに。

 そして一昨日の日曜日。その友人家族が市内へお出かけしている間に、私達は同じ町でおこなわれたサンデーマーケット「てんとういち」に出かけました。会場はこのマーケットを主催してくれたLady bugさんの敷地内。高森町の中でも希な別荘地街にあるとても美しい芝生のお庭が会場でした。そこでわが家は、はじめて「出店デビュー」いたしました。テナントは妻がおこなう「ワンコイン(500円)整体」。私の仕事は前日におこなった看板作りとお客さんに座ってもらう丸太椅子の作製、そして当日の子守。妻の整体はとても好評で、嬉しいことに途切れることなくお客さんがいらしてくれました。妻もお客さんとの出会いと施術を通した交流をとても楽しんだようでした。

 風もなくおだやかな一日をふわふわの芝生の上で家族で過ごし、たくさんの新しい出会いに囲まれてすごした時間にありがとう。
スポンサーサイト
meeting at aso

今、私たちにできること、みんながそれを考えていると思います。
今夜、私は阿蘇にいる仲間たちとともにそれを話しあってきました。

今現在は原発事故の状況が安定していないため、現地支援は危険との判断は共通の認識でした。ただ、もし可能となれば、私たちがもっている知識や技術、たとえば屋外での焚き火を囲むティピの設営による防寒策や、焚き木使った調理方法などが非常に有効な支援となりうるであろうことを認識しました。

では私たちがここでできることはなんだろうか。議題の焦点がそこに進む中で、現在も状況が悪化している原発事故による放射能汚染から逃れて移動している友人たちがすでにこの阿蘇に向かっていることを知りました。それぞれが個人的に我々の中の誰かを頼って。すでにそんなケースがいくつもあがってきたのです。

そこで、彼らを受け入れる体制の準備です。まずは個人個人ができうる限りに自分の家のスペースを提供するなどして対応する。そのキャパシティーがいっぱいになれば町の行政にかけあう。行政には町営住宅や公共の建物の無償提供を要求する。そして徐々にその支援の輪を広げていこうという方向性がまとまりました。

今日の会議、実は現在メリーモントに滞在しているニュージーランドからのウーファーさんも参加。震災の起きたその日にはスウェーデンとイスラエルからのウーファーさんも滞在していました。

彼らにとっては言語の通じないこの日本にいて、不安はひと一倍です。何が起きているのか知るには自分の国が発信しているニュースをインターネットで見るのが一番早い方法です。情報を集めている画面上でそれを覗いた私は少しびっくり。なにが?それは、日本の報道機関が流していない現場のより鮮明な写真や映像、そして各国の原子力専門家による、より的確(と思われる)現状分析が刻刻と流されていたからです。

これらを見て比較すると、どうしても日本の報道機関が「あるもの」の管理下におかれているのではないかという疑念が顕わになってきます。日本の政府はこれまですすめてきた原子力推進政策の背景と、髄までしみこんだ事なかれ体質、責任回避体質によって本来公にすべき重要な情報をこの日本国民にも明らかにしていないと思われました。

今私は米国のABCニュースニューヨークタイムズの記事をまず見るようにしています。そのほうが、国内報道記事よりもこの惨事の客観的な現状認識と今後の的確な危険予測ができるからです。


早くも明日には避難民の第一陣が我々のもとに到着します。これを読んでいるみなさんも仲間どうしどうか力を合わせて進んでいきましょう!
8m.jpg

メリーモントの手作りチェンソー製材機がバージョンアップしました。

これまでのレールは4mでした。これまではこれで3m弱の柱と4mの下桁を製材してきました。これからの作業では8mの梁をあと5本、それに続いて6mの垂木の製材にかかっていきます。そこで、レールをあと4m延長して、全長8mとしました。これで、これから必要とする材がすべて挽けるようになりました。

これまで、4mを超える長材の縦引きは墨糸でカットラインをマークしてからフリーハンドによるチェンソーカットしてきました。墨うちの精度がそのまま製材の精度となるので、それにはとても神経と時間を要していました。

が、このレールの設置により、とても容易に製材作業がおこなえるようになります。

今日、これで初めて8m材を挽いてみました。

カットに要した時間は6分。なかなかいい成績でした(満足)。
handmade toys

今日は建築仕事の合間におもちゃをつくりました。

左は「せどりっく」、右は「だんぷかー」です。
ボディーは30×45mmの角材を使用。
タイヤは18mmの丸棒。タイヤは回転し、だんぷかーの荷台は上下可動します。

試行錯誤しながらの製作時間は1台1時間。

世間のおとうさま、お子さんのためにこんな手作りおもちゃのプレゼントはいかがですか?
ご希望に応じていつでもおもちゃづくり教室を開催しますよ。
fire wood

厳しかった今年の冬も終わりに近づき、メリーモントではあちらこちらからフキノトウが顔を出して春の訪れを教えてくれています。我が家の薪ストーブは3月に入り、あたたかな日中はときどきお休みをとれるようになりました。今シーズンの薪の消費量は想定内におさまりそうで、現在の残量はストックしてある全体量の4分の1です。これからはまた来シーズンのための薪割り作業が待っています。

そんな折、近所のおばあちゃんからお得な「薪情報」をいただきました。近くの山でおこなわれた伐採の後に残された木をいただけるというのです。早速下調べに行ってきました。

ここはメリーモントからでも徒歩圏内の山。公道から横道に入り、しばらく行ったところに木材運搬用に作られた道がありました。

戦後植林された1000万ヘクタールに及ぶ日本の人工林のほとんどは、現在主伐期を迎えています。しかし、市場では安い外材が80%以上も占め、コストのかかる国産材の需要は減る一方です。木材における一次産業といえる林業は高齢化、労働力不足、森林のメンテナンス不足などさまざまな問題を抱えて衰退の危機に直面しています。

しかし、ここ阿蘇界隈では切り出した丸太の運搬トレーラーが走る様子をよく目にします。我が家の家の前も、日に何回もその大型トレーラーが轟音をたてて通りすぎていきます。ただ、山主側からすれば、その伐採も国からの補助金があってなんとか黒字かというぎりぎりの線だといいます。

その伐採現場を今回見に行きました。木材運搬用の道は、険しい山の斜面を大型重機で削って作った細い道。すでに伐採は終わっていますから、そこを何度も運搬用のキャタピラ車が通った後があります。その道をしばらく進むと景色が開けて、広大な山が丸ごといくつも裸になっていました。今回の伐採のように、特定の範囲の木をすべて切ってしまうことを「全伐」といいます。何ヘクタールにもわたって同時期に植林された杉の木は、50年近くもこの場所で緑の山を育てていました。それが、ほんの1~2ヶ月ほどの間にすべての木がなくなり、あとには荒涼とした裸の土だけが残っています。長い年月からすれば、ほんの一瞬の間に山が忽然と消えてしまったようです。こうした現状を見ると、日本の森林の多くを占める杉やヒノキの人工林というのは、場所が山林であるだけで、感覚的にはまったく畑と一緒です。例えば広大な北海道の大地で栽培されるじゃがいもを、収穫期にトラクターで一挙に掘りあげて出荷するのと一緒です。それが時間のスパンが長いだけで、木材という作物を「山」という畑で栽培しているのです。

ここに移住する前は、私の目には緑の葉をつけた木がたくさん生えていればそれは「自然」で、樹種がなんであろうが、自生した植物なのか、人工的に植えられたものなのかなど、気にとめることもありませんでした。

人という種が生存していくためには他の種との共存なくしてはありえません。その意味ではたくさんの野生動物を養う原生林に魅かれる部分がありますが、人間が住居を作ったり資源として利用する人工林を否定する訳ではありません。それは人が暮らす上で必要なものなのですから。しかし、こうして自然の一部でもあった山を完全に人が支配して管理するという状態は恐ろしさをも感じずにはいられません。「必要」だからそれを「行う」。それは当然ですが、その間に存在する人の意識の質というものが日本の山の行く末を左右しているような気はいたします。

ただ、その恩恵として、今回はこの大量の薪の山をいただけることになりました。我が家の消費量に換算するとざっと10年分はありそうです。同じく薪ストーブを利用している仲間たちとも分け合おうと思っています。が、問題はやはり搬出です。運搬路はキャタピラ車が通れるものですが、四輪駆動でもタイヤ車ではどうやら傾斜がきつすぎて、部分的に舗装する必要がありそうです。その準備に少し労をかけてもこの資源は最後まで有効利用するのが人の務めかとも思います。放っておけばこの資源はそのまま土になるだけですから。

木にも命があります。人が植えて育てて切り取った命であっても、無駄にすることなく最後の一片まで大切にその命をまっとうさせてあげたいものですね。