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fixing foundation

 数日前からふたたび、「新星現場監督さま」が応援にきてくれています。今回も1週間の滞在予定。私は、頼りになる彼の滞在中にまずは土台の固定を終わらせるプランをたてました。

 現場に仮設置してあった土台は基礎柱の上にのっかっています。その間をみると、それぞれ微妙な隙間があいています。これは基礎柱の高さの誤差やその面の凹凸、そして土台の厚みのわずかな誤差によるものです。中には土台が基礎柱の天端にまったく触れていない部分もあります。こうなると、家の荷重が均等に基礎に分散されず、その基礎柱はまったく役目を果たさないことになります。しかしこれは予想されていたことで、この隙間を埋めるための薄いゴム板も用意してありました。この硬質ゴムの板、幅が10センチのもので、1メートル巻きになったものがホームセンターに売ってあります。それをその隙間に合わせて敷きこんでいきました。

 ひととおりゴム板を敷きこんでから、土台上面のレベルを確認したところ、最大で4ミリほどの高低差がでてしまいました。現場監督様は「11メートルで4ミリなんだからいいんじゃないの?」との意見でしたが、土台の製材時に1ミリ以内の精度に仕上げた私としては納得できない数値。「施主さんのご希望は?」と聞かれて、答えた私は「1ミリから2ミリ!」笑いながら付き合ってくれた現場監督さまのおかげで最終的には高低差最大2ミリに収めることができました。

 そして次は土台の最終位置決めです。この11メートルの土台を正確に直角を出して固定するのが目的です。これまで、基準となる水糸を張った時には、完全な直角が出し切れずにいたので、この土台を据える際にはもう一度、測りなおさなくてはならなかったのです。

 これにはやはり現場監督さまの経験が必要でした。やり方はほぼ前回と同じで、基準となる1本の土台の角から直角ラインをつくり、水糸をはり、対辺の土台を設置。最後に2本の対角線を計測して微調整しました。マークした土台のラインは10×8メートルの長方形になります。ミリメートルにすると、10000×8000ミリメートル。設置してみたところ、対角線の誤差がおよそ5ミリメートルでした。前回と異なったのは、対角線の理論上の長さを計算してあわせるのではなく、2本の対角線を同じくするように土台の位置を調整することでした。これは実質主義の現場で培われた現場監督さまの経験から頂いた発想でした。前回私は電卓ではじきだした理論上の数値にあわせようと四苦八苦していましたが、実際には墨つけしたラインの太さの違いや、微妙なぶれなんかによって理論上の数値にならないことがあります。それでも、十分に妥協できる到達点までもっていくためには、その数値にこだわるのではなく、2つの対角線の長さを同じにすればいいということでした。

 そうして最終的には2本の対角線をぴったりと合わせることができてようやくすっきりしました。
 
 しかしこのログを材料に誤差1ミリというレベルを追求するのはそもそもちょっと神経質すぎるかもしれません。5ミリでは気持ちが悪くてどうにもやめられない自分がちょっと滑稽に思えましたが、どうもこれは意外な自分の性分のようです。

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setting foundation

 ようやく土台の刻みと防腐処理が終わって、初めの3本を現場に搬入し、仮設置しました。

 この角度からみるとそう長くは見えませんが、実際は11メートルの長さがあります。1本の長い木をまるごと使っています。木の伐採を開始してから丸2年でようやくこの子たちはこの場所までたどり着きました。

 この材木を保管し、加工した場所からこの現場まではおよそ40メートルの距離。運搬路はかなり狭い場所をかいくぐってこなくてはならないので、実際に運ぶまでに何度も案を練りました。おかげで最初の1本目から意外と難なく移動することができました。

 これから暮らす家のすべての重みを支える土台部分。湿気があっても、虫に食べられそうになっても、どんなに重いものがのっかっても耐えてくれなくてはいけません。その重責を託すため、刻みと防腐処理をするときには「どうかこれからも長生きしてね」とお願いしました。

 この木たちの年齢は40年。地に根を張って生きてきたその時間と同じくらい、いや、その倍は家としての第二の人生を生きて欲しいなあと思います。その頃、私達はもうこの世にはいなくて、おじいちゃん、おばあちゃんになったわが子たちが彼らの孫たちにこの家ができたときのことを遠い昔ばなしのように話してくれている、そんな光景を思い浮かべながらこの土台を据えたのでした。
2010.07.13 手作りナイフ
handmade knife

 7月12日は長女の誕生日でした。我が家の子ども達の誕生日プレゼントには、私がなにか手作りのおもちゃなんかをプレゼントするのが恒例になっています。7歳になる長女が今年、私にリクエストしたのが「ナイフ」でした。そこで作ったのがこのナイフ。刃渡り5センチの小さな鉛筆削り用のものです。

 ナイフというのは、その作り方は意外と簡単です。ナイフの刃の部分の加工方法で大きくわけて2通りの作り方があります。ひとつは本格的なもので、鉄を高温で熱してやわらかくし、かなづちで叩きながら形づくる「鍛造(たんぞう)」。もうひとつは「削り出し」。これはディスクグラインダーがあればだれにでもすぐ作れる方法。今回のナイフはこのやり方で作りました。

 本体部の材料は使い古しの鉄工やすり。これをグラインダーでどんどん好きな形に削っていきます。おおまかな外輪をつくったら使いやすい薄さに厚みを調整。最後に刃をつけます。刃先は当然薄くなるので摩擦熱で刃先が熱くなるのに注意。あまり高温になると、その部分がもろくなって欠けやすくなるので、ときどき水で冷やしながら作業します。そして最後に刃を砥石で研ぎあげます。
 
 あとは持ち手をつけます。持ち手は好きな木を削りだし、中心にドリルで穴をあけて刃の差し込み部分を打ち込みます。実はこの作業、刃の削りだしの前にやっておいた方がいいことが分かりました。はじめ、刃を薄く仕上げてからこの打ち込みをやったとき、ハンマーの衝撃で刃がぽっきりと折れてしまったのです。その失敗から、2回目のチャレンジではまず差し込み部分を削りだし、持ち手に打ち込みました。それから刃を削りだしました。これだと、もし刃が折れても、まだ肝心な刃を削りだす前なのですぐに再トライできます。

 今回、持ち手は土地に生えていたシロダモの木の枝を使いました。のみやグラインダーで成型したあとは紙やすりで磨きあげ、柿渋で着色してから亜麻仁油で仕上げました。

 子どもに贈るこの初めてのナイフ、やはり偶然であっても他傷することがないようにと、刃の先端は丸くしてあります。切れる刃は直線状になっている側しかつけてありません。反対の背側は鉛筆を削る時に親指の腹で押しやすいように厚みをもたせて角もとってあります。持ち手は娘の手の中にでも納まるサイズ。ちっちゃいけど大人でも案外扱いやすいデザインになりました。

 嬉しそうにこのナイフを受け取った長女は、「(自分が)おばあちゃんになったら孫に『ひいおじいちゃんの形見だよ』ってプレゼントする」と。そのときはそんなに遠い未来までもつかなあと思ったけれど、単純な道具だから案外半世紀くらいはもつかもしれないですね。嬉しい言葉でした。
2010.07.10 朝のお散歩
sun rising


 最近、我が家のワンちゃん「メル」と一緒に短いお散歩するのを少しずつ日課にしています。
雨の日はとても気が向かないので、晴れの早朝限定のお楽しみ。

 今朝も目が覚めると外は、昇ってくる朝日ですでに明るく光っていました。
私は寝ているこどもたちを起こさないようにこっそりと部屋を出て玄関へ。メルはいつでもすでに起きていて私が行くと嬉しさに全身を震わせてくれます。まったくなついた犬はなんとまあかわいいものでしょう。

 メルは今月で生後9ヶ月になるまだ若い犬です。今まではしつけの努力がむなしく感じられるほど落ち着きのなかった子でしたが、このひと月ほどはぐっと大人になったせいかこちらの意図が嬉しいほど伝わるようになってきました。

 今練習しているのはリードをつけずに一緒に並んで歩くこと。普通、お散歩の練習はリードをつけてやるようですが、リードをつけるとふつう犬はお散歩にでかけられる嬉しさのあまり興奮して、こちらがブレーキをかければかけるほどぐいぐいと飼い主を引きずって前へ進んで行きます。しかも行く先はほとんど犬の先導。止まるも歩くも犬のペース。私も以前飼っていた犬がそんな風でした。

 けれど犬主導型のお散歩は飼い主にとっては少しイライラさせられるものです。そこでメルには初めから飼い主主導型のお散歩、すなわち、飼い主の歩くペースに犬の方が合わせるということをしっかり教えました。その甲斐あって、今では「ツケ」の一声で私の右脇にぴったりとペースを合わせて歩いてくれるようになったのです。正直、これが出来た時は感動もので、今は私のペースをいつも気にしながら一緒に歩いてくれるその姿がかわいくてたまらないほど。

 こうなると、犬にとってもいいことは、飼い主が喜んでお散歩に連れ出してくれることになります。そして、怒鳴られながらリードを引っ張られることなく、いつも「いい子だね」とほめられながら時間を過ごせるのです。

 私が実践しているしつけ方法では決して「罰」は与えません。してはいけないことを罰するのではなく、常にこちらがして欲しいことを提示して、それが少しでも出来たら褒めて「ごほうび」をあげます。単純な「正の強化」です。この方法のいいところは、罰による犬との関係悪化がないことです。実は以前飼っていた犬に対して、何度か私が強烈な「罰」を与えたことがあり、その数回の「罰」で私との関係が遠のいてしまったことがあったのです。ですからメルに対しては必ず先手先手で「こうしてね」を伝えて出来たら褒めるを徹底しています。こうすると犬にとっても私の言うことを聞くのが楽しくなってくるようです。

 こんな風にして今では日課になりつつある朝のお散歩。お散歩の行き先は私のお気に入りの、歩いて3分のこの景色。朝もやに煙る山々が、昇る朝日に照らされてほんのりと赤らんできます。朝の空気はひんやりと気持ちよく、余計な音も一切ありません。朝露のしたたる草、鳥の歌声、メルの足音。そんな静かなひとときが今の私のちょっとした愉しみになっています。
all leveled

 さて、久々の現場写真。本格的な雨の季節の真っ只中にあって、実際ほとんど手がつけられていなかったので、写真をとることもありませんでした。6月12日のアップからかれこれ3週間もずーっと雨よけのビニールをかぶせていた丸太の基礎柱達。九州に大雨を降らせた前線が通過した翌日、ようやくビニールをとることができました。

 丸太はすでにボルト止めされていて、地中の基礎コンとがっちり連結されています。ただ、基礎コンの水平レベルは多少のばらつきを許してあるので、最終的にはこの丸太の上面でぴしゃりと水平を合わせなくてはなりません。この上に土台が載ってきますので、ここできっちりと基準を作っておくことがとても大事です。
 
 水平を見るためには、この基礎柱のやや上に水糸を張り、その水糸を基準にして基礎柱にカットするラインをマークしていきます。そして、チェンソーで上端を切り落としていきます。これがなかなか難しい。初め、チェンソーのバーに水平器を両面テープで取り付けえ、それを目安に水平カットを試みたのですが、そのうち、エンジンの振動で水平器の中の気泡が液体部に溶け込んで消えてしまったのです。それからは使い物にならなくなった水平器を取り外して、マークしたカットラインを目視しながら切っていきました。当然、全く正確にきることはできないので、その後、直角定規と別の水平器でカットした面の水平、平面を何度も確認しながらチェンソーで仕上げていきました。この作業に丸一日費やしましたが、結果、誤差1ミリの範囲で全ての基礎柱のレベルがとれました。

 しかし 日本の(世界のはよく知らないので)建築というのはこうしてみると、ものすごい精度で巨大な建物を作っています。高さが100mを超えるような巨大な建造物にあっても、基礎レベルの誤差は1ミリ以内というのは当たり前です。木材であれば微調整はやりやすいですが、普通、基礎はコンクリートです。その扱いにくいコンクリートで誤差1ミリを達成するのですから、その左官技術たるや、驚くべきものです。実際、日本の左官技術は世界でも天下一品だそうです。仕上げの美しさや精度にとことんこだわる感覚というのは日本人独特のものなのでしょうね。

 ログビルディングの世界は、そういった現代建築や古来からの日本建築に比べればいい意味でおおらかです。丸い材料を相手にするのですから、まっすぐな線も引けませんし、ある程度の誤差は許容範囲内でうけいれなければなりません。しかし、それでも常に外すことはできない基準ラインというものをとらえながら構造体を組み上げていきます。これがまたログの奥深さというものです。

 すこし話しを広げたくなりますが、これは人との関係にも言えることですね。周りの人は皆考えもやっていることも違います。皆が定規で線を引いたようにぴしゃりと同じというわけにはいきません。ある程度の凹凸があって当然。それを受け容れながら、みんながある一定の基準、人の場合は倫理みたいなものでしょうか、それにしたがって生活をし、ひとつの社会をつくっていく。決め事があまり多すぎると文字通り杓子定規になりがちで、息がつまってしまいます。いろんな大切なラインがある中で、どれだけは外すことができないもっとも重要な基準線なのかをいつも明確にしていれば、些事に惑わされることなく、皆があるべき方向にまとまっていけるのではないでしょうか。

 チェンソーのエンジン音にまかれ、木屑を顔面にあびながら、そんなことをふつふつと思い巡らせていた一日でした。

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