banboo bascket

 3年ほど使った我が家の洗濯かごが壊れてしまった。よくあるプラスチック製のものです。洗濯物を干すときに外に持ち出して、そのまま陽の光にあてていたせいか、初めは底が割れてしまい、そのうち取っ手の付け根も割れてしまい、いよいよ使いづらくなってしまった。見た目はまだけっこうきれいなんだけれど、完全にプラスチックの劣化ですね。私の母は気を利かせて新しいプラスチック製の洗濯かごをホームセンターで買ってきてくれた。妻も「濡れたものを入れるからプラスチック以外にはないんじゃないの?もらったら?」という消極的賛成派だった。だけど私はどうしてもそのプラスチックの洗濯かごをもらう気になれなかった。

 プラスチック→石油製品→いずれ枯渇
 プラスチック→こわれやすい→ゴミをふやすだけ
 プラスチック→安っぽい、というか触ってて気持ちよくないしかっこよくない→自然素材のほうがゼッタイかっこいい
 、という図式が私の中にできあがってしまっているためだ。だからといって能書きたれているだけだともっとかっこ悪いので、いざ、自然素材のランドリーバスケット製作!ということになりました。

 そこで今回も登場したのがオールマイティーな優れもの素材「竹」くんです。そしてこのプロジェクトに参加してくれたのが滞在中の2人のウーファーさんです。イギリス人の彼に聞くと、やはりイギリス本国では竹は自生していないようで、けっこう貴重な存在だそうです。場所によってはわざわざ輸入して栽培しているものもあるくらいだそうです。私達日本人にとってはあまりに身近な植物なのでとりたてて珍しがることもないしありがたがることもあまりありませんね。でも竹製品というのは古くから、そして今でもよく日用品として使われています。お箸や竹べらなどの台所用品から数ある竹かごまで、いろいろあります。けれどそれを自分でつくったという人は希(まれ)です。

 わたしもこのところようやく竹に関わるようになりましたが、竹をいじり始めてみんなが気軽に竹と関わらない理由がわかりました。竹は軽くて切ったり削ったりしやすいけれど、その下準備が難しいのです。竹を切るのは簡単だけれど、そのままでは丸くて使えません。だからそれを割ってたけひごにしたり使いやすい幅に切り出したりしなくてはなりません。そこがコツがいるのです。実際結構アブナイです。竹割りには鉈(なた)を使いますがそれで指を切ったり、割れた面はナイフのように尖ってますからそれでも指をきったりします。今回も私は指に切り傷をつくりながらの勉強でした。

 今回つくった洗濯かごは全くのオリジナル、というより作り方に関するリサーチは全くせずに創造してみました。ふつう、竹かご類は細く割ったひごを編みこんでいくものですが、その編み方が分からなかったので、要所は麻ひもで縛って固定していきました。ひごも幅2㎝ほどの極太です。衣類が外にでなければいいので、編み目は粗くていいとの考えで作ったこのかご、完成してみるとどこがで見たことがあるような。そうです、昔小学校の運動会で使った玉入れのかごにそっくりです。だけど持ってみると見た目よりもずっと軽くて結構いいかんじに仕上がりました。

 30年後?いや10年後とも言われているオイルピークをいずれ迎えるこの石油依存型社会。そこからのゆるやかな脱却に向けた手作りエコ日用品。こんどは何にチャレンジしようかな?
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planting potatoes

 昨日は素晴らしい天気に恵まれました。日曜日からは新しいウーファーさんが2人来てくれているので、午前中はじゃがいもの植え付けをしました。種芋は昨年収穫したじゃがいもの残り。大きいのから食べてきたので残った小さいのは種芋にはちょうどいいサイズです。切る手間も省けて、しかも切り口から雑菌がはいることもありません。芽かきをあまりしていなかったのですでに立派な芽をつけているものがたくさんありました。この畑は昨年の冬にヒノキ林を切り拓いて作った場所で、その時には一度耕運機を使って土を掘り返し、牛糞の堆肥を少しすき込みました。昨年じゃがいもを植えたこの畑は、収穫したあとはそのまま手をつけずに静かに寝かせてありました。夏の間に旺盛に生えていた草は冬にかけて枯れて一部はすでに土に還り、一部は地表に残って土を守ってくれてきました。そのおかげで土の中では微生物を含めた虫たちの生態系が徐々に豊かになり、土を豊かにしてくれているはずです。

 今年の植え付けにあたっては彼らが少しずつ育ててくれている土を使わせていただきます。鍬(くわ)を入れると、土の深さによって住み分けている彼らの居場所をかき乱してしまうので耕すことはしません。地表に倒れた枯れ草と、バクテリアが分解してくれたその根のお陰で、それでも土はほどよく柔らかいのです。じゃがいもを植えるためにはシャベルで穴を掘り、そこに冬の間ためておいたストーブの灰をひとつかみずつ入れて混ぜてます。そこに種芋をひとつずつ入れて静かに土を戻してかぶせます。

 じゃがいもの植え付けは子供たちも一緒に楽しめるお仕事です。シャベルでの穴掘り、灰と土を手でまぜまぜ、おっきなじゃがいもを選んで穴にぽとんぽとんと入れていく、そしてまた手でその穴を埋め戻す。どれもシンプルで間違えのないそして自分の手を使ってできる楽しいお仕事です。この日は天気もよくて畑はぽかぽか。次の1年間食卓にのぼるじゃがいもの植え付けもほんの2時間で無事終了。もう少し暖かくなるとかわいい芽が顔をだすでしょう。
developing land for housing lots

 前回のブログには、平らにならす必要はありませんって書きましたが、いろいろ考えて大まかに均すことにしました。宅地となる場所はゆるやかな傾斜地です。山側にはケヤキの木がたくさん生えています。その木の根元付近を50センチほどの深さ削って全体を平らにしています。大まかにはユンボのバケットで掘り込み、ハイド板を使って均します。土を削りこんでいくと以前生えていたヒノキの根や現在あるケヤキの根がたくさん出てきます。それを根切り鍬(くわ)という頑丈な鍬でその根切りをしながら取り除きます。そして最後にはレーキを使って手で均します。

 そんな作業は晴れが続いて土が乾かないとできません。なにせ最近は春の長雨でずっと土がぬかるんでましたから、今週は貴重なタイミングでした。友人も応援に来てくれて子供も加勢し、がんばっています。

 それと、今日は役場から建築許可の通知が届きました。通常、家を建てるときにはその工事の前に「建築確認申請」というものを自治体に提出します。建築基準法などに照らしてその建物が違法性がないかどうかのチェックを受けるものです。その申請は一般には都市部における建築に際して必要なもので、私が住んでいるこの山間部はより簡易な書類だけでOKです。それでもその提出書類の中には建築物の外観図や間取り図、地図の中でその位置を示す位置図、敷地内での建築物の場所を示す配置図、それに加えて緑化計画図や給排水系統図など、いくつもの書類が必要です。この冬の間にちょっと頭の痛いその事務作業をなんとか終え、先日役場に提出しておいた申請に対する許可が今日おりたということなのです。受け取ったのはただの書類一枚ですが、これで夢の実現の切符を手にしたような気分。

 菜の花やつくしという春の野草が食卓に並び、いよいよ春本番。季節も後押しし、いよいよ夢のマイホームがスタートです!
banboo wall

 自宅の基礎工事を目前にして、この2週間ほどずーっと雨が続いています。土がぬかるんでいる時は重機は動かせません。キャタピラで地面を掘り返してしまい、あとが田んぼのようになってしまうからです。そこで思いついた作業がメリーモント内につくってある屋外トイレのバージョンアップ計画です。このトイレはあくまで臨時につくったものでしたが、それでもこの先4年間くらいは使用する見込みになったので、ブルーシートで壁がわりにしていた部分にちょっと小粋な竹垣を作ろうということにしました。

 このトイレはお互い3メートルほど離れたヒノキの立ち木4本を柱に使ったもので、屋根にはトタン板を葺いてあります。トイレ本体はただ地面に縦穴をほっただけのもの。その上に木の株をくり貫いてつくった便座をおいてあります。排泄物には土やオガクズをかぶせておきます。単純な嫌気性生物分解ですが、数ヶ月すれば栄養豊富なきれいな土にかわります。穴がいっぱいになったらただ隣にまた新しい穴を掘って便座を移動させるだけです。ですからこの3メートル四方のスペースの中を順繰りに移動させていけば永遠と使うことができます。以前に埋めた穴の位置を覚えておけば、適当な時にそこの土を掘り出して菜園や果樹の用土にすることもできます。

 そんな屋外トイレは南下がりの斜面に接しているのでそこから見える景色はなかなか開放的。今回の竹垣化工事では、その南側の眺望は残して周囲3面をぐるりと囲います。使用する竹は隣の敷地が手入れされた際に刈り倒されていたもの。竹は年々地下茎で周囲にひろがります。新しい芽は春には竹の子として食卓を賑わしてくれ、そのあとはたった1年で完全に成長します。これほど利用価値が高くて永続的な資源はなかなかありません。けれど、現代ではそれを有効利用する文化が廃れてしまって、竹林の荒廃が問題にさえなってしまっています。
 
 さて、竹垣といえば古くから日本の民家や庭園にあるもの。人の視線を遮断するというよりは、適当に向こう側が見えて開放感を残しつつ、空間的には区切ってメリハリをもたせる特性があります。人口が密集している都会では隣との境に高いブロック塀をたててプライバシーを守ることに必死で、反対が透けて見えるような竹垣は見る機会が減ってきています。今回、製作にチャレンジしたのは、数ある種類の中でも「建仁寺垣」というものです。トイレの壁に使うものですから、あまり視線が通っても困ります。この「建仁寺垣」は竹同士の並びが最も密で隙間が空きにくい種類のものです。施工に時間はかかりますが、縦に整然と並んだ竹は凛とした粋を感じさせます。

 着工から延べ2日間で一面の壁が完成しました。いつものように、基本情報をもとに試行錯誤のプロセスでした。手製の道具で竹を4つ割りすること、針金で作った針で棕櫚縄(しゅろなわ)縫いつけていくこと、いろんなことが創造と発見の連続で楽しい作業でした。また次回は完成報告いたしまーす。
making miso

 味噌作りも今年で3回目です。去年の暮れから赤ちゃんが生まれたりしてばたばたとして、お味噌モードになりきれずにちょっと遅めのこの時期になってしまいました。毎年材料の入手先やら作り方やらの改良を続けてきました。昨年はコープで有機大豆を購入し、麹(こうじ)は阿蘇市にあるこうじ専門のお店から購入して米麹100%で作りました。米の麹は少し甘めな仕上がりになるようです。味自体は私達好みでしたが、昨年は味噌瓶の保管場所がちょっとあたたかすぎたようで、夏をすぎてから発酵が進みすぎてアルコール臭がするようになってきました。今年はばたばたと材料調達をする中、大豆は麓の町で農家をやっている友達から分けてもらえるという幸運に恵まれ、そして麹は地元の町中にある味噌屋さんで購入することにしました。その味噌屋さんへは初めて足を運んだのですが、行ってみると販売しているのは麦麹だけということでした。九州では比較的麦麹が主流のようなので、なにごともトライ、トライ、と思って今年は麦こうじ100%味噌をつくることにしました。

 さて、味噌を手作りしたことのある人ならばそのプロセスはよくお分かりだと思いますが、ここで改めて少しご説明。味噌づくりの材料はいたってシンプルです。メインとなるのは大豆。そして発酵のもととなるのが麹です。麹には米と麦の2種類があり、一般には米と麦の両方をあわせて使う合わせ味噌がポピュラーですね。手作り派ではこの割合に独自のこだわりをもっている人が多いです。そして最後に塩。塩は当然味をつける目的と同時に腐敗させないためというのが大切な役割です。

 今回、麦麹を初めて使ってみて分かったことが、大豆に対しての麹の割合が全く違うということでした。昨年使った米麹の重量比は大豆(乾燥):麹が1:1なのですが、麦麹の場合はその倍量(1:2)使うのです。麦麹の値段は米麹の半分なのですが、使用量が倍なので結果としてコストは米も麦も変わらないことになります。ですからあとは味の好みということになりますね。

 今回は味噌づくりにあたって一緒に手伝ってくれる仲間を募りました。福岡からのお友達のお姉さんと、近所のおばさまのお二人です。総量10キロの大豆は味噌作り祭りの前々日から一晩浸水させ、前日の朝から大鍋で一日かけて薪で焚きました。前回はガスを使い、圧力鍋も使用して少量ずつ何度にもわけて煮ていったのですが、今回は大鍋で時間はかかりましたが一度に煮てみました。火は夕方に鎮火させましたが、翌日の朝までそのぬくもりは持続していて、温度が徐々に下がる過程で大豆が水分をたっぷり含んでおいしそうにやわらかくなっていました。

 次は柔らかくなった大豆をいよいよ潰します。この作業が味噌作りのメインステージ。これまではハンディタイプの電動ブレンダーでひたすら突き続けたのですが、今回友人から「餅つき用の臼と杵(きね)を使うといいよ」とアドバイスをもらいました。写真はその臼を囲んで皆で突きまわっているところです。この臼と杵、実は前日に手作りしたものなのです。木はすでに玉切りしてあったくぬぎ系の堅木。それをチェンソーでくり貫き、グラインダーで仕上げました。杵もメリーモントに生えていたヒノキに雑木の柄をつけたもの。素人の手作りですが、ちょっと自慢できるほど立派な役割を果たしてくれました。

 こうして皆でせっせと潰した大豆はそのあと麹・塩と混ぜ合わせて瓶(かめ)に詰め入れて重しをし、寝かせます。今回の出来上がり量はおよそ20キロ。半分は私達家族の瓶に入り、残りはそれぞれ持ち帰ってもらいました。

 田舎暮らしの中では生活に必要なものを手作りする愉しみにあふれています。けれど時にはこうして仲間の助け(材料をわけてもらったり、情報をもらったり、実際に力を貸してくれたり)が必要なことが多々あります。自分たちだけでできるということも大切ですが、こうして人の助けを借りることで逆に人とのつながりが産まれるんですね。これもまた喜びです。