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moving tree 2

 今週はまた凍てつく寒さが戻ってきました。雪やみぞれのちらつく中、ひき続き木の移植作業をやっています。

 移植の必要なもののうちで一番大きなケヤキの移動が終わったところです。これまで小さいものから始めて順々に大きなものへとステップアップしてきましたが、4本目のこれ(写真のもの)はひと苦労しました。この木を掘り上げるのに丸2日間かかりました。この木の周りには他のケヤキが密植していて、ユンボのツメも入らないので1メートルほどの深さまで根を切りながら人力で掘りこみました。ようやく木が倒れて根の部分を穴から引き上げようとユンボで吊ると、あまりに重くて反対にユンボが浮いてしまうほどでした。そんなおっきなケヤキさんでしたが、なんとか無事に引越しさきにおさまってくれました。作業している最中は夢中で大きさを測る余裕がなかったのですが、最後に撮ったこの写真をみると、身長およそ1メートルのうちの子の14倍=14メートルの高さがあります。土中にはさらに2メートル入っているので、16メートルの大物でした。

 この移植のときばかりは、木の魂と作業の無事を祈って御清めをおこないました。そのやり方は今まで何人かの人からアドバイスをもらって、自分なりに行き着いた方法です。手を入れる木に対しては、その木の周りにぐるっとお酒と塩をまきます。そしてその魂に手を合わせます。そしてカップ一杯のお酒と小皿にひとつかみのお塩を作業が見渡せる少し高い場所にお供えして作業中の安全を見守ってもらいます。そしてメリーモントの敷地内には古くからの山の神様が奉ってあるのでそこにもお参りしておきます。お酒とお塩を用いるというのはその製造過程で不純物がのぞかれ、きれいに精製されたものなので、それ自体が他のものを清める力があるということなのです。私にとっては、このお清めの行為を通じて別段神秘的なものを感じるわけではないのですが、経験的に「やっておいたほうがいい」と感じるときにおこなっています。今回も、この大きな木を移植先に立ち上げる際には相当あぶない状況でしたが、大事なく終えることができました。

 あとはこの子がしっかり新しい根を張ってきれいな緑の葉を茂らせてくれるのを楽しみに待つばかりです。
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2010.02.14 木のお引越し
moving trees

 嵐が去りました。九州南部は2日間にわたってひどい荒れ模様の天気でした。

 昨日はその低気圧が過ぎて午前中は好天。いよいよ自宅建築予定地の造成にかかりました。造成はユンボがあるので百人力です。でも造成といっていもベタ基礎(コンクリートを全面に敷き詰める工法)にするわけではないので土を平にならす必要はありません。基礎は独立基礎を基本としたものにしようと思っています。というわけで、造成の主な作業は建物の建つあたりの障害物をなくすことにあります。家が建つすぐ裏手には今たくさんのケヤキが生えています。そのいくつかが家に干渉してしまうので引越ししてもらうことにしました。このケヤキたち、大きいものは高さ10メートルほどはあります。以前このケヤキの1本を移植したことがありましたが、1年ほど経ってから枯れてしまいました。移植の時期が悪かったのです。木の移植や大枝の剪定は冬の休眠期におこなうのが常識なのですが、都会育ちの私はその常識も知らなかったのです。今回は移植にはベストの時期です。

 午前中には1本の比較的小さなケヤキを移植することにしました。移植にあたってはまず木にお伺いをたてます。「長年ここで暮らしてたけど引越ししてもいい?」と。木は「・・・」。私にはまだ木の言っていることがわかりません。けれど以前も伐採のときに具合が悪くなった経験があり、木に手をいれるときにはわからずともこうして話しかけるようにしています。それからシャベルで木の幹の周囲直径1メートルほどを掘り込んでいきます。これは周囲に伸びている根をきれいに切っていくための作業です。いきなりユンボで周りを掘り出すと根を引きちぎり、付着している土をふるい落としてしまうからです。土を落としてしまうとあとの根つきが悪くなってしまうので、全ての過程で土を落とさないように慎重に作業することが大切です。あらかたシャベルで根を切り、太くて切れないものはのこぎりできります。こうしてぐるりと周囲の土に切り込みをいれてからユンボで周りの土を除き、バケット(先端の土をすくう部分)の入るスペースをつくってからそろりと全体をすくい上げます。そして無事掘り上げてからロープを使ってユンボで吊り上げ、移植先へ移動します。

 移植先には事前に穴を掘っておきます。掘り上げた木の根と土がすっぽり入り込んでしまうくらい余裕をもった深さにしておくと安定します。ユンボで吊り上げて移動してきた木をそうっとその穴に下ろしたらシャベルで穴を埋めていきます。埋めたあとは表面の土をドーナツ状にしておきます。その中に水を流し込むためです。この木は直径まだ10センチくらいですが、これでバケツ4杯の水を流しました。これで完了です。

 木の生命力はすごいです。たとえ移植に失敗して根がついていなくても1年くらいは活動をつづけます。新芽を出し、葉を茂らせて生き延びようとします。しかし根がついていないので土からは栄養をとれません。全部みずからの身体に蓄えた養分を使うのです。やがてその蓄えが尽きると枯れてしまうのです。昨年の冬に伐採した桜もそうでした。薪のために伐採した大きな桜でしたが、2メートルほどにチェンソーで切った枝から、春になって新芽がでてきたのです。そのときはなんだかせつなくなりました。「まだ生きたい」と訴えているように思えたからです。メリーモントに生きている木はできる限りその命をまっとうさせてあげたいと思います。ですので、私の都合で木がどうして邪魔になったときでも移植するようにしています。

 今日はこれより大きな木の移植に行ってきます。それは自宅の南側、家のまん前に移動する予定です。ケヤキは夏になれば緑の葉を茂らせて強い日差しを防ぎ、家を涼しくしてくれます。秋も早いうちに葉を落として土を肥やし、冬のあたたかな日差しを通してくれます。まだ見ぬ我が家をそっと見守ってくれる木になるでしょう。
rocket stove work shop

 おとといから昨日にかけてメリーモントでロケットストーブのワークショップが行われました。参加してくれたのは遠くは福岡から、延べ14名のみなさんでした。

 今回のワークショップ、予想以上に楽しかった。私はセラピスト時代にはあまり勉強熱心なほうではなかったので、仕事上のワークショップにはほとんど参加したためしがありませんでした。セラピストとして病院でかかわっている子供たちは本当にかわいくて好きだった。けれどあまりにも日常の仕事が忙しくていつも慢性疲労。そのうえ自分自身のこどもたちも生まれて彼らに注ぐエネルギーも大切。そんな状況だったから、プラスαの勉強まで踏み込むことができなかったのが実情。それが今回は自分からの発案で実施したもの。どうして日常の仕事プラスαのことまでやる気になったかと思えば、ひとつは自分の興味と日常とが一体になっているからできたと言えるかな。いつもの生活の場で、生活にかかわるワークショップであるから無理がない。もうひとつは、正直に自分を省みて、やっぱり今こうして命や地球なんかのことについて考えてやっていることが本当に面白くて楽しいんだなあと思えるのです。

 一泊二日で行われた今回のワークショップのテーマは「エネルギーのデザインは脱石油&ローテク&DIYでエンジョイ!」でした。なんともうきうきするようなテーマです。地球環境問題や化石資源枯渇問題なんかにからむとなんとも暗いイメージになりがちですが、パーマカルチャーのいいところは「未来に希望」、問題イコール解決法、問題点は逆手にとって上手に利用しちゃおう!くらいのゼッタイポジティブな姿勢にあります。だから集まった参加者の方たちも地球が直面している問題への意識はしっかり持ちながらもおのおのが個性的で明るい面々でした。日ごろ山奥で同じ思想を共有できる出会いの乏しい生活を続けている私にとってはこの集いはとても刺激的でわくわくする時間となりました。

 ロケットストーブつくり作業の方は、時間にも余裕をもって順調にすすみ、予定通り2日目の終了時間には形となり、燃焼テストもバッチリ。2日に渡って参加された方たちにはある程度の手ごたえを感じていただけたんではないかなと思っています。詳しくはパーマカルチャーネットワーク九州のページをご覧になってください。子供たちも参加した楽しい作業の様子が見られます。

 ワークショップは同じ志や興味をもつ仲間が集うもの。そしてあるテーマにむけてみんなで一緒に作業しながら勉強しようというもの。私がこれから自宅を建設し、農園を整備し、暮らしの中の様々なシステムを創作する過程において、味方になってくれるマンパワーは欠かせません。それに目指す未来像を共有する仲間とのつながりは私のこころを支えてくれます。今回の企画でワークショップの自主開催に味をしめた私は、つぎはどんなテーマで仲間を呼び込もうかと只今思案中。次回も素敵な仲間たちに出会えることを楽しみにしています!
 
2010.02.04 モノの命
broken engine of chainsaw

 これはチェンソーのエンジンのピストンです。傷がついてもう動きません。先月、私がチェンソーの不調を自分で直そうとして分解した結果、このピストンを傷つけて壊してしまったのです。それが修理を終えて昨日もどってきました。

 チェンソーはエンジンで動きます。エンジンはシリンダーの中に入っている筒状のピストンが、爆発によりものすごい勢いで上下してそれを動力に変えています。だからちょっとしたごみなんかがその中に混入しただけで瞬間的に傷だらけになってもうしまい、そうなるともう再起不能となってしまいます。

 先日、私はチェンソーのオイル漏れの原因を確かめようと思い、チェンソーを少し分解し始めました。するとオイル漏れの箇所がクラッチドラムというパーツを外さなければ覗けないようなので、それを外すことにしました。これは初めて踏み込む領域でした。それにはエンジンのピストン自体を固定して動かないようにしなければなりません。そこでインターネットで少し調べてみると、スパークプラグを取り外して中につっかえ棒を差し込んでピストンを上がらなくして固定するとありました。そのページではアルミの棒をつかっていましたが、それがないので私は金属製のスプーンの柄を突っ込むことにしました。それが大きな間違いでした。突っ込んだスプーンでどうにかピストンは固定され、分解には成功したのですが、また元どうりに組み立ててエンジンをかけたとき、ほんの数十秒でプスンッと突然止まってしまいました。とてもいやーな予感がしましたが、結局その予感が的中。じつはそのスプーンの柄がピストンを傷つけて、しかもその金属片が高速運動するピストンとシリンダーの間に入り込んで傷だらけにしてしまったのです。

 プスンッと止まってしまったチェンソーはもはや私の手に負えないものになってしまいました。近くにはこのチェンソーを修理できる腕のいいお店がありません。そこで、以前からブログでよく知っていた福岡県の北九チェンソーさんにお願いすることにしました。北九チェンソーさんはスチールやハスクバーナの修理のプロ中のプロです。ここからは車で4時間以上はかかるところなので宅配便で機械を送って修理していただきました。

 このエンジン本体はチェンソーの心臓部なので修理代はとても高くつきます。見積もりを頂いたところ、およそ6万円ということ。同機種を新品で購入したらいくらですか?と伺ったところ、11万5千円とのこと。これは大いに悩みました。私のチェンソーはこの地に来て初めて買ったチェンソーでしたが、とても高価なものなのでインターネットのオークションで4万円で手に入れたものでした。それを考えると購入金額よりはるかに高い修理代・・・。見積もりの電話で「ひと晩考えさせてください」と答えて考えました。経済的な視点からすればここは修理をやめるのが妥当な選択です。けれど私の胸に浮かんだのは、今まで元気だったチェンソーくんの命。このチェンソーくんの側からすれば、私が移住してからこの地に運ばれて、ずっと元気に働いていました。中古だけれど大きな問題もなく、今回もちょっとしたオイル漏れだけだったはずなのに、それを無知の主人が無理やりお腹をこじ開けて分解し、傷だらけにしてもう動かない身体にされてしまったのです。それがなければこれからもずっとずっと元気に仕事ができたのに。そう思うとこのままこの子を葬るのは非常に申し訳ない気持ちになり、私が犯した失敗はきちんと償うつもりで修理をすることにしたのです。

 こうして戻ってきたチェンソーくん。新しい心臓を手に入れてこれまでよりもずっと調子良くなりました。修理の際にオーバーホールされて動きもよくなったのでしょう。生き生きとして見えました。
 物のあふれるこんな時代、経済的な観点からしか身の回りの事象をとらえられないとなにかこころ寂しくなってきます。モノにも命があります。そんなことを大事にするとなんだか生活が楽しくなってきますね。

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