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 今は夜中の3時。静かです。たった今、DVDで映画を見終わりました。テレビのない我が家では数少ない珠玉の映画をDVDで見るのが大きな娯楽です。子供たちは雨の日だけ映画をみることができます。大人の映画タイムはというと、こうした深夜になりますね。子供たちが寝静まったこの時間だけがひとりで画面の世界に没頭できる唯一の時間ですから。

 今夜の映画は「ガンジー」でした。これまで何度も観た映画ですが、なんども繰り返し観ています。そのたびに彼の生き様は自分に深い影響を与えてくれます。映画というものはあくまでバーチャルなものですが、現実の世界や自分を振り返るよい刺激剤になってくれます。

 ガンジーはその生涯の中で、自分の生命を賭けた壮絶な断食を数度行っています。人生最後となった断食はインド独立に際して勃発したヒンズー教徒と回教徒(イスラム教徒)の間の紛争を鎮めるためのものでした。インドは多様な人種や宗教が入り混じった国です。その独立に際し、ガンジーはすべての宗教を抱きこんだひとつの国を目指しました。しかし少数派であった回教徒たちがそれに反対して回教徒の国(=パキスタン)の同時建国を主張しました。その争いの中で起きた内乱はヒンズー・回教徒相互の憎悪を増大し、ひとびとの心は憎しみに染まっていきました。

 神への真実の道と愛を徹底的に貫こうとしたガンジーは、その争乱を引き起こしたのは自分であるとして、争いが収まり、ひとびとのこころから憎しみが消えてお互いを抱きあうまでは一切の食事をとらないこととしたのです。彼の想いはひとびとの心に届き、断食による死の寸前でインド全土でその争乱がおさまったのです。

 映画のそのシーンを見て、ふとマットくんのことを思いました。マットくんは先日ここに来たカナダ人のウーファーさんです。27歳の彼の身体は立派な体格で、丸太の引き上げ作業も精力的に手伝ってくれました。その彼は「ビーガン」でした。ビーガンとは完全な菜食主義の人を指す言葉で、肉・魚はもちろん、卵をはじめ、直接動物の命は奪わない乳製品も口にしません。ビーガンという言葉の語源は英語の「vegitarian」の最初のveと最後のganをつなげて「vegan」という言葉が作られたそうです。

 ここメリーモントにはこれまで数人の菜食主義の人たちが宿泊してくれています。ビーガンの人たちも数名いました。私たちはごくたまに肉や魚を食べますが、日常的には菜食ですので、特別な配慮をしなくても彼らと食事を共にすることができます。ウーフのホストの中でもビーガンを受け入れているところはそれほど多くないようですが、わたしたちはむしろ喜んで迎えています。これまで出会ったビーガンの人たちはみな、自分の中からの内発的な動機にもとづいて動物性のものを「食べない」ことを選んでいます。マットくんの場合、聞けば10年前からビーガンであるといいます。逆算すると当時彼の年齢は17歳です。私はといえばその年齢時、ラグビー部の練習に毎日暮れて、身体を作るために肉ばかり食べていました。彼はその頃、様々なメディアを通して世界の食料のアンバランスや貧困の問題に触れていました。先進国の人間が食べる食肉牛のために生産される穀物はそれだけで全世界のひとびとの空腹を癒す量であることや、鶏肉の生産効率追求のために、倍のスピードで鶏を成長させる薬物が飼料に混ぜられ、それが人体にどんな影響を与えているかということなど。彼の中では世界の人びとや動物のいのちに対する様々な共感からそうした現状に対する反対を自分自身の行動から始めたそうです。

 今でこそ私はそうした現状を少なからず認識して、消極的ですが非肉食性の食事をとるようにつとめています。けれど、17歳の若さでそれに気づいてしかも確固たる意志のもとにそれを10年も貫き続けている彼には頭があがりません。今では食べものがあふれる時代。しかしそれはあくまでも世界のごく一部であって、この日本の中にも、そして世界のいたるところで飢えは存在します。「食べない」ことを選ぶということは様々な理由はあれど、そのひとつには他者への共感が存在するように思います。さてあなたは今日、何を食べますか? 
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70logs have been pulled up from down hill.

 これぞ大いなる任務(big mission)でした。

 およそ1週間かけて我が家の建材となるログたちを建築現場まで引き上げました。その数およそ70本。ほとんどのログが10mを超える長さです。中には15mほどのものもありました。1年前の夏と今年の冬に伐採してあったもので、伐採現場はこの山積みしてある自宅建設予定地より山の斜面を30mほど下ったところ。高低差は20mくらいあるでしょうか。この材木の引き上げがとうとう完了しました。

 林業用語では伐採した木の移動を「集材」といいます。この集材には通常キャタピラ付きの木材運搬機が使用されます。小型のものは運搬機自体にクレーンがついていて、倒れている木にワイヤーを引っ掛けて直接引き寄せてのせてしまいます。大きい材木になると鷲の爪のような手がついたバックホウで掴みあげて大型の木材運搬機に積んで運び出します。また、傾斜がきつくて重機が通れないようなところではワイヤで吊り、エンジンウインチを使って引き上げていきます。

 伐採してからの1年間、はたして自分はどうやってこの大物を引き上げようかと時に頭を悩ませていました。木材運搬機のようなものを導入するには材木自体が長すぎます。とくに梁に使う材は継ぎ目のない1本の丸太を使いたかったのでこの段階では木を切りたくなかったのです。ですから平均12mというとても長い材木を運ぶことになったのです。吊り下げるためのワイヤを設置するには仕掛けが大掛かりになります。そこで考えたのがワイヤを丸太の先端に引っ掛けて斜面を直線的に引きずり上げる方法。その動力にはユンボを使う。これが一番コストがかからず、今手元にある材料でしかも自分の力でなんとかなる方法でした。丸太が引きずられる道は相当きつい斜面なので、その場所にはあらかじめ枕木のように丸太を設置して地面との抵抗を少なくしました。ワイヤは15m~20mのものを数本用意。大事なのが滑車です。ユンボはワイヤの反対端を引っ張りながら段上の平地を走行します。その斜面の一番下から丸太を上げるためにはその頂点付近に滑車をつけてワイヤに角度をつけてやらなくてはなりません。滑車は立ち木の上5mの高さに取り付けました。これがシンプルかつ効率的な方法でした。結果、無事故で確実に総勢70本ものログ材を運び上げることに成功しました。

 このミッションにはカナダ人と日本人の若い男性ウーファーさんと、いつも応援してれている仲間のTさんが参加してくれました。彼らの力なくしてはとうてい達しえなかったでしょう。本当にほんとうにありがとう!
稲刈り

 今年も米の収穫の季節がやってきました。
 
 昨年と同様、今年も知り合いのご好意で田んぼをかして頂いてます。6月に手植えした苗が長梅雨に負けずに立派に大きく育っていました。本当は夏の間に除草をしなくてはいけなかったんですが、慌しい毎日にうっかり時期を逸して忘れてしまいました。ですから稲の周りには「ひえ」やら他の草が少々混生している状態。それでも稲は一番元気に大きくなっていましたから実入りには支障なさそうでした。

 長女と長男はさっそうと鎌をもって田に入り、昨年は妻におんぶされていた次男は靴を履いて立派に監督役。みんなそれぞれ大きくなったもんだなあと、年中行事を通して実感です。私も昨年教えてもらった鎌の使い方やら稲のくびり方(結び方)を思い出しながら(俺も成長してるな)と実感。貴重な助っ人さんたちを加えて大人5人、子供2人、ちび監督ひとりの総勢8人で3分の1反ほどの稲を3時間かけて掛け干しまで終えました。

 稲は通常、大型の乾燥機にかけて1日で乾燥させてしまいますが、こうして天日にあててじっくり乾燥させると味がやはり違うようです。実際に昨年こうして収穫したお米の味は甘みがあってとてもおいしかったんです。乾燥のあとは脱穀です。わらから実のついている部分だけを取り出す作業ですが、昨年は足踏み脱穀機を使用。どうしてももみと一緒にわらの裁断されたものが混じってしまい、これが町の精米機を2度も故障させてしまいました。ですから今年はこの脱穀だけはコンバインにかけてきっちりと選別しようと思っています。

 コンバインやらエンジン動力機械のなかった時代はどうやってあの白いお米にしていたんだろうといまだに不思議です。まだまだ研究しなくてはいけないことが山盛りですね。
log table

 昨日と今日、ログでテーブルを作っています。

 写真の右のかわいい青年「カズ」は現在メリーモントに滞在してくれている日本人ウーファーさんです。毎日ログキャビンで寝起きして3食のごはんもここで食べています。急造で完成させたログキャビンにはトイレも台所も設計されていなくて彼には不便を強いてしまっているけれど、人のいい彼は何の不満も口にせずに甘いマスクでいつもにこにこと微笑んでいます。先日はそんな彼と一緒に敷地内に雨をしのげる半屋外トイレを完成させました。それまでは広い敷地のすべてが彼のトイレでした。大きな用事の時には紙とシャベルを手に出かけていっていました。しかしその日は久々の雨の予報。以前からトイレだけは安心してできる場所を作っておきたいなと思っていたのでついに着工することにしたのでした。立ち木を利用した縦穴埋め立て方式のシンプルトイレですが便座は大きな切り株をくり貫いて作り、トイレットホルダーもログで作成。主たる使用者の彼はとってもご満悦でした。

 そしてトイレの次に現在作っているのが彼のためのダイニングテーブル。
秋晴れの続くこの頃、本当は屋外で食事をとれば気持ちいいのですが、ここには作業用机と合板の下をコンクリートブロックで少しだけかさ上げした色気のない机しか食べるところがありません。そこで今後ずっと使えて、ここにいつも遊びにきてくれる近所のおばちゃんの憩いの場所にもなるような素敵なダイニングテーブルを作ることにしました。

 今日は製作2日目で、おおかたの形がようやく出来上がりました。天板は太くてやや曲がりのある杉を縦に3枚に切ったものを繋ぎ、100×140㎝ほどの大きさにしました。カットはこれまですべてチェンソーを使用。主なジョイントはボルト留めしてあります。次回はこれにベンチも据え付ける予定です。そして表面をきれいにサンディングすれば完成です。今日はまだベンチ部分は取り付けていませんが、とにかく重量はすごいです。すべてログですから予想していましたが、おそらくベンチがついたら大人2人でもちょっと運ぶのはきつそうです。けれどその反面、その存在感と重厚感は大きな魅力で、触れる人に安心感を与えてくれます。完成までもう少し、楽しみです。
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 今回はログビルディングに必要不可欠なチェンソーの紹介。

 必要不可欠といってもその昔は斧だけで多くのログビルダーが立派なログハウスを建てていたそうです。現代ログビルディングの神様と言われるアランマッキーさんはその著書「エコロジカル・ログビルディング」の中で斧(=自分の力だけで作る)による家作りの尊さを記しています。この本は私がログハウスづくりを考え始めて買った2冊目の教科書ですが、マニュアル本ではなく、全編にわたって自然への敬意やセルフビルドの経験がどれほどその人の精神的な成長に貢献できるかが、愛情たっぷりに記述された本です。私が今でも何度も読み返して勉強している座右の書ですね。そんなマッキーさんもチェンソーという機械を否定しているわけではありません。わずかな燃料で非常に多くの仕事をしてくれるこの機械を有効に使うのもひとつのあり方だと考えています。

 私がここに移り住んできた当初はチェンソーは持ったこともなく、もちろん所有もしていませんでした。やはり人力による開拓に一種憧れの念を持っていたので、木の伐採も手のこや斧でトライしてみたりしました。そしてその後1台のチェンソーを手に入れてからはその機械に魅了されていつしか台数も増えていってしまいました。

 写真は左から排気量の小さい順に並んでいます。一番左からマキタのME230T、ハスクバーナの339XP、ハスクの346XP、ハスクの272XPです。

 初めに買ったのが左から3番目のハスクバーナの346XPでした。これは排気量46ccでチェンソーとしては中型の部類に入ります。原付とほぼ同じくらいのエンジンの大きさですね。メリーモントの敷地内に生えている杉やヒノキはすべてこのチェンソーで伐採ができます。バー(先の刃の部分)の長さが45センチあるので直径が40センチくらいまでの中径木ならばすんなりと切れます。当初はこのチェンソーでログキャビンを作り始めたんですが、丸太の壁を積む作業になって、より細かいカットをするようになりました。チェンソーは基本的には直線的にカットするように作られた機械ですが、ログビルディングでは木のカーブに合わせてカットも曲線を描くことが多くあります。わが敷地に生えているヒノキの多くは形がいびつでその曲線も込み入っているので、より刃先の小さい小回りの効くチェンソーが必要になってきました。

 そこで購入したのが同じくハスクバーナの339XPでした。これは排気量が39ccで重さが3.8kgと346XPに比べてとても扱いやすいものでした。バーはカービングバーといって先端が通常より細くなっているものをオプションでつけました。今もっとも出番が多いのがこの339です。丸太の玉切りからジョイントの加工まで日常のほとんどの作業をこなすことができます。ただしバーが通常より細いので木の伐採にはやや不向きで、そういう時にはやはり346XPが活躍してくれます。

 そして最近建てた納屋の建築中に購入したのが一番小型のマキタME230Tです。一棟目のログキャビンは平屋でしたので高さがそれほどなく、材木の加工を地上ですべておこなっていましたが、納屋は下の本体部分の上にルーフシステムが別に乗っているつくりになっていて、ジョイントの調整や垂木の加工などは地上2.5~4mの高さでおこなうことになりました。動きのとれない高所では339XPでも大きすぎて、より小型のものが必要になりました。このME230Tは排気量22ccがと少々パワーはないものの、重さは2.5kgで片手でラクにもてる重さと、トップハンドル型といってアクセルが本体のトップについているので非常に重量バランスがいい特徴があります。反面、作業時に本体が反動でバタつくことがありますが、それでもこうした高所作業では抜群の機動性を発揮してくれます。

 一番大きな272XPは排気量が71ccとチェンソーの中では大型の機種です。これはつい最近購入したもので、丸太の製材専用です。ログキャビンでも納屋でも、屋根板を載せる垂木は丸太を縦にチェンソーで切って面を出して使っています。その切りかたを縦引きもしくはリッピングといいますが、この切りかたをする時にはチェンソーにとても大きな負担がかかります。中型のチェンソーではなかなか切り進まずにその分時間もかかり、燃料消費も多くなります。大型のチェンソーで短時間に切ったほうがより効率的なのです。

 そんなこんなで徐々に増えてしまったチェンソーくんたち。そのパワーと機械いじりの楽しさは魅力ですが、時には森の静寂の中で扱うシンプルな手道具の良さも忘れないようにしないと。ガソリンの匂いより斧や手のこが削りだす木屑の香りのほうがずっと素敵ですからね。
beds in a log babin

 メリーモント内に建てたログキャビンです。内装の完成後、少しずつ住みやすく成長しています。先日、作りつけの2段ベッドが完成しました。これも丸太でフレームをつくりました。そしてそのフレームは建物の柱に直接ほぞ組みしてジョイントしてあります。がっちりとても頑丈です。フレームの内側は友人から頂いた畳をはめ込んでみました。畳は日本が誇る素晴らしい文化です。移動のラクな洋式ベッドと日本伝統の畳というコラボレーション、我ながら見事な仕上がりです。普通のベッドはマットレスですが、畳の上は和ふとんを敷いて寝ます。これもまた面白いでしょ。うちによく来る外国人のウーファーさんも喜ぶのではないかともくろんでいます。

 この日は2段ベッド用の階段が完成した日です。細めのヒノキのログを半割り(チェンソーで縦に半分に切ること)して二本のフレームをつくり、杉の厚板をはめ込んでネジ止めしました。ヒノキはこのメリーモント開拓の際に伐採し、大量にストックしてありますが、野ざらしにしてあるので「これって使えるの?」って思うくらいに汚いです。けれど、グラインダーで丁寧に磨きあげて命を吹き込むと素晴らしい色を放ってくれます。そんな時はものづくりの醍醐味を感じてしまいますね。

 このベッドの作成には実は4台ものチェンソーが活躍しています。次回はログビルディングの主役のチェンソーくんたちをちょっと紹介しようと思います。

vegitable garden 2009

最近は建築に関する記事ばかりで畑のことを書くのを忘れていました。

昨年の夏は共存を試みた雑草くんたちの勢いにやられてしまった野菜たちでしたが、今年はかなり大成功。夏野菜の種は2月のさむーい頃から薪ストーブの熱で芽出しし、大切に育ててきました。そして古い丸太で縁取ったガーデンデザインのパッチに移植。長ーい梅雨を越えてトマト・地きゅうり(瓜のようなビッグきゅうり)・かぼちゃが大豊作でした。

しかしその大豊作な夏野菜の写真を撮り損ねて、これはすでに冬野菜の種を撒き始めた写真です。丸いリング状のデザインのパッチにしてみました。中心の2輪に大根、その外にカブとまだ芽だししていないほうれん草です。そのバックに見えるのが最盛期をすぎてしまった今年の夏野菜くんたち。よく見えないけれども、トマト、カボチャ、きゅうり、なす、ピーマン、モロヘイヤ、つるむらさきなどが混植されています。

我が家ではもちろん農薬・化学肥料不使用で土のエネルギーを大切に育てています。ここは開墾してから2年目の畑なので、土の力が少しずつついてきた感じです。肥料はご近所さんから頂いた牛糞と、友人からもらった虫の糞だけ。本当は堆肥をきちんと作りたいんだけどなかなか手が回らず。よって太陽と土のエネルギーで育った青草を適宜刈り倒して地表にマルチする方法でエネルギーを土に返しています。
そして土中に生きる微生物の生態系をできるだけ乱さないように耕起は必要最低限にとどめています。その時もミミズなどそこに生きる命を裁断しないように機械は使いません。一般的な有機農業ではトラクターや耕運機を使用しますが、ここではエネルギー問題の観点からも化石燃料に依存せずに人エネルギーによる土作りをおこなっています。そんな土づくりの効果が少しずつ現われてきたのが今年の夏でした。

野菜づくりは、自然の生態系の循環という観点からみるととても奥深く、いろんなことが勉強になります。ミクロの生物への想いから宇宙から受けているエネルギーに想いを馳せるとそれは哲学的でもあります。その中で自分が人間としてどこまでその循環に手を入れているかをよく考える必要があります。畑は人間が自分の食べ物を手に入れるための空間ではあるけれどもその相手は自然の産物。でもその種はといえばすでに人間が(多肥料・耕起栽培の)慣行農法に適うように改良してしまったもの。そんな(複雑な)人間活動と自然環境との共存ラインを探る場が畑にはあります。

農は偉大な哲人を生み出してきました。ドイツのシュタイナーや日本の福岡正信さん、先人達が土に触れ、太陽を見上げて何を想ったのか。私もそんなことを考えながら阿蘇の山で土をいじっています。
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