100点まんてん!

 今年の夏も東京から仲間が遊びにきてくれました。

 その仲間は私がこどものセラピストとして働いていたときのボランティアつながりです。私の勤めていた病院では発達のあらゆる段階で障がいをもったこどもたちが治療や訓練を受けるところでした。その障がいもさまざまで、元気に走り回り学校に通いながらも脳の働きの偏りで特定の教科だけが学習困難になるこどもから、人工呼吸器をつけてベッドのような車椅子で日常生活を送っている重度障がいの子まで様々でした。呼吸が弱くて常に人工呼吸器を使用しているこどもたちの多くは気管切開をして首の前部から管をいれて肺に空気を送り込んでいます。そういったこどもたちは日常の入浴も難しくて、常に水がその接合部から入らないように注意しなくてはなりません。もし肺に水が入ればとても危険なことになりますから。ましてプールや海で水の中に入って楽しむということはご法度のように扱われてしまいます。私の関わっていたボランティア活動では、そういった水の中に入ることが難しいこどもたちのために、医療スタッフがサポートについて水泳活動を楽しむというものでした。活動を始めたのがこの釣り上げたお魚を手にしている私の元上司のSさんでした。そして、今回もSさんと一緒にはるばる東京から車を運転して遊びにきてくれたもうひとりのTさんはその活動をともに支えてきた長年の友人です。

 実はこのメリーモントをつくっているのもその活動の影響を受けたからに他なりません。それがどんな影響かということは言葉を選んでもなかなかうまい表現になりませんが、そこで関わったこどもたちとその素晴らしい家族のみなさんに、私という人間が何かをして差し上げるとしたらこういうことだと思うことを、このメリーモント建設を通して形にしようとしているのです。

 これまで私がセラピストとして、そしてボランティアスタッフの一員として出会った大切なみなさんが、人生の一日を心から楽しんでいただける場所がこのメリーモントであったらこの上ない私の幸せです。そしてそんな私の夢のためにいつも応援してくれるこの仲間に再び感謝です!
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納屋 屋根張り一段落

 梅雨前からとりかかっていた納屋の建設がようやくひと段落しました。
この長い長い梅雨のお陰でまったく思ったように工事が進まず、予定より2ヶ月も遅れてしまいました。

 バックに見えるのが一軒目の小さなログキャビンです。その北東側に建てた納屋のサイズは6×8m。屋根のサイズはさらに一回り大きくなります。柱は掘っ立て式にしました。基礎がないので建物に対する固定資産税がかからないことと、施工が簡単なこと、そして大地と調和した外観というメリットがあります。掘っ立てといえど、柱や梁、すべての構造材に太いログ材を使用しているのでその重量は相当なものになります。その重さによる沈下を防ぐために柱の下、地下60センチの深さには鉄筋入りのコンクリートを流し込みました。これも一軒目のログキャビンから学習したことです。ログキャビンでは一応捨てコンを打った上にコンクリートブロックを置いた独立基礎ですが、建築開始数ヶ月後でその重さにより一部が沈下し始めてしまいました。地盤というものはその場所それぞれなので、この土地がどれだけの耐荷能力があるかは経験してみなければ分かりません。

 写真では全景がわかりませんが、基本構造は8本の柱に梁を渡し、その上に片屋根のルーフシステムをのせてあります。柱と梁はすべてほぞ加工を施し、金具は使っていません。梁同士の接合は初めてラウンドロックノッチと呼ばれるログビルディング特有の刻みをトライしてみました。どんなものかはなかなか文章では説明できません。私も本を片手によく分からないままチェンソーで刻み、それをく組み合わせてみてようやくその構造が理解できたくらいです。屋根板を直接支える垂木は長さが5.4mあります。それは梅雨の只中、雨でぬかるむ山から時には人力で引きずり出してきたものです。そしてウーファーさんが昔からの皮むき具で数日かけて皮むきしてくれたもの。それをチェンソーで半割りにして使用しています。下から見上げるとその垂木がとてもいい雰囲気を醸しています。製材された角のある材木とはまるでちがいます。木の自然の曲がりもそのままで、その肌は粗いけれど機械でない人の手の温かみさえ感じられる質感です。

 屋根材はいろいろ考えあぐねたあげく、下地材に構造用合板を使いました。本当は無垢の野地板を使いたかったんですが、広い垂木のピッチとよじれが生じやすい全体の構造を考慮して、屋根を面として補助的な構造体にするために3×6の合板にしました。「低ホル」と表示はあるものの合板はその製造過程で多くの薬剤を使用するために環境的には決してフレンドリーではありませんが、構造体としては非常に頼りになります。ただ、水には弱いので雨じまいには気をつけなければなりませんが。その上にはログキャビンでも使用したアスファルトルーフィングという防水紙を2重に貼り付けました。現段階ではそこまでです。仕上げ材はガルバリウム鋼板をと思い、ホームセンターに見に行ったのですが、かなり値が張るので二の足を踏んでいるところです。この屋根は、今後雨水収集できるシステムを作る予定です。これから建設する自宅での生活用水として使います。

 今後はこの納屋の側面を部分的に壁を立てて道具の保管場所とします。基本的にはオープンスペースとして利用します。自宅建設の時にはここがメインの作業場となるので、実感としては大きな前進です。次回のブログ更新ではこの建設に一気呵成のパワーを吹き込んでくれた仲間の報告をしたいと思います。
2009.08.20 お盆休み
トミコちゃん

 お盆ですね。お盆は亡くなった大切な人たちがこの世に遊びにきてくれる1週間。阿蘇へ移住した私達は本来里帰りをして先祖をお迎えするべきですが、私達一家の拠点がすでにここに移っているためにそういう流れにはならず、いつものようにここで開拓仕事と子育てに追われる毎日を過ごしています。

 そのかわりに東京方面からはこの盆休みを利用して妻のお母さん、「トミコちゃん」が遊びに来てくれていました。トミコちゃんはずっと学校の先生をしていました。今は特別支援学級の先生。子供をみるのがとても上手です。けんかばかりして騒いでいる子供たちをみていてもそれを止めさせようとしたり、仲裁しようとしたりはしません。「○○ちゃんは~したいんだねー」、と子供の気持ちを言葉にしてあげたりして、良いも悪いもなく相手の気持ちにきづかせてあげます。またあるときは、イライラしているこどもに離れたところからおいでおいでをしてぎゅーっと抱っこしてあげたり。そうするとこどもは不思議と笑顔。こころの中の苛だち波が穏やかになっていくのが目に見えてわかります。はっきり言って達人の域です。それをみると自分は理想の接し方は頭でわかっててもやっぱり超未熟親だなあと実感。

 そんなことを妻と話していると、彼女が「年の功だね」と。ありふれた言葉ですが、年を重ねるのが功になっていくという年のとり方はそう簡単ではないのですよね。年を重ねるにつれて自分の考えや世界が固まっていってしまう人もいれば、反対にトミコちゃんのように日々自分が経験することを自分の糧にして内面が広がっていく人もいます。その違いは何ナノかなあ。自分は後者でありたいと願いながら、30年後の自分の姿をこわごわ想像してみたりしました。若い頃メリーモントに建てた古びたログハウスでお茶をすすりながら、やっぱりうるさい孫に囲まれて、それでも(若い頃と違いイライラなんて全然しないで)にっこりとこどもにおいでおいでをしている自分でありたいなあ。すごいポジティブシンキングですが、そのイメージが大事です。いいイメージは物事をいい方向へ変えていきますからね。


2009.08.13 川ガキ!
すいか割り

 今日、近所の河原で今や絶滅に瀕している「川ガキ」を見つけました。それは水を見るやみずから服を脱ぎ捨てて(実際は几帳面にたたんでありましたが)、大人では身震いする冷たい川に奇声を上げて入っていきます。そしてその冷たさを楽しむように勝手気ままに動き続きていました。

 はい、それはうちの子です。それにしても川に来るとそれぞれの歳のとり方が如実にわかるものですね。こどもはみずからその中へ。大人になると膝丈まで。もうちょっと上になると川岸まで。さらにいくとそれをただ風景のように離れて眺める。涼やかな音をたてて流れるその主役である水からの物理的な距離がそれぞれの人間の外への働きかけのあり方を表しています。

 それにしてもこどもの感覚は素晴らしいものです。そして豊かな自然に恵まれたこの空間はそれだけで生物としてのこどもを育てる最高の養育者です。ここは刺激にあふれています。ここで言う刺激とはこどもの感覚と脳と身体を健康に育てる刺激です。同じ刺激でもゲーム機などの人工的な機械から与えられる刺激とは違います。夏の太陽の熱はすべての生命活動を賦活させます。虫の声、風の音、流れる水の音は離れたところからそれぞれの存在を語りかけます。裸足で歩く足の裏からの強い川砂利の刺激は脊椎をまっすぐ頭までつき抜け、手足に触れる水の冷たさは鈍った自律神経を底から奮い立たせます。

 脳と身体の発達を促すのが感覚から得られる刺激という見方からすると、ここには実に良質な刺激で満ちています。そしてこうした空間での大人の役割はただ見守りに徹することです。余計な口出しや指図はこどもがみずからおもむく力を損ねます。みずからおもむき、その刺激に手を伸ばすことでこどもの身体の中はあらたな神経回路が全身をスパークして駆け抜けます。そしてそれが肉体をつくり、あらたな運動を組織し、笑顔と自信、豊かなこころを育てます。 今日はこどもたちがよく笑い、よく遊び、よく食べてよく寝ました。こどもたちにとっては今日の一日はからだとこころにたっぷり栄養が入った日でした。

ようやく梅雨明け?

 一昨日は久々の快晴でした。
九州地方、今年はまだ梅雨明け宣言はだされていないようですが、「これは間違いなく夏到来だろう!」というくらいの一日でした。

 例年、この阿蘇地方では「災害起きて梅雨が明ける」と言われているほどよく雨が降ります。それも梅雨の終盤になっての大雨。先日久しぶりに町へ出た折に新聞を手にし、九州および中国地方の災害のニュースを目にしました。その時になって初めて「この降り方ははうちの近所だけではないんだ」ということが分かりました。この阿蘇地方でもこの梅雨後半は本当に毎日よく降っていました。しばしば雷も伴って。現在は納屋の建築作業がメインですが、このひと月ほどはまともにその作業ができないでいます。当初のペースでは工事期間一ヶ月を見込んでいたのですが、こんなにも雨が続くとは予想外でした。その代わりに雨の日には薪集めの仕事が進みました。近所で伐採されたケヤキを好意でたくさんもらうことができたので、その伐採現場まで行ってある程度の長さに切ってトラックで運ぶ仕事。そして運んできたものを40センチくらいにチェンソーで玉切りして積んでいきます。もちろん、木の乾燥を考えたら本当は晴れた日がいいのですが、雨の日にできる仕事は今これくらいしかありません。しかしこの長梅雨のお陰で冬への備えも少し安心できる量を確保することができつつあります。

 そんな雨の外仕事の毎日でしたが、先日、早朝の電話のベル。なんとうちの敷地とその段下に住むお隣さんちの境の崖が土砂崩れを起こしたとのこと。急いで行ってみると、去年の夏から今年の冬にかけて伐採をおこなった杉山の斜面が三ヶ所も地滑りを起こし、その土砂が倉庫を潰し、家の一部にもなだれ込んでいたのです。(こういう時、境界線がどこに位置するかで賠償ということになるのかしら・・・)とつまらぬことが頭をよぎりつつ、とりあえずその撤去作業に一日汗を流しました。重機が入らない狭い場所であったので、ひたすらの手作業。シャベルを両手にその重たい土砂を軽トラに延々とすくい上げ続けました。そこでもウーファーさんが大活躍。香港から来た若いカップルの彼らが慣れないシャベル(これまでの人生で3度目とか?)で手にできたマメをつぶしながらよく頑張ってくれました。

 しかし起きてみなければ予想もしないところで土砂崩れは起きるものです。そこは40年間杉の木が生えていた場所でした。まだその切り株は残っていたので、まさかその下が地崩れを起こすとは考えませんでした、しかし、根は残っていても水を吸い上げることがなくなれば、それまでの水の流れが大きく変化してしまうようです。それが一箇所に集中して溜まっていくとついには一気に流れてしまうようです。シャベルですくいあげた土は塊ではなく、焼く前のホットケーキの生地のようにトロトロでした。

 こんなひとつひとつが山に生きていく自分達の経験です。確かに危険なこともありますが、逆に生を実感できることにもなります。そして生活をとりまく自然との共存を考える機会にもなります。貴重な経験でした。

 そして今日もまた朝から雨。今日は気分を変えてログキャビンの内壁づくりの予定です。明後日から遊びにきてくれる大切な身内のために、より快適な内装にしてみようと思っています。皆さんも今日一日を愉しんでくださいね。