2009.07.16 Tea time
merriemont tea no.2

 今日はうちにしては珍しくウーロン茶でティータイム。
それもやっぱりホームメイドのウーロン茶です。なぜかというと、ワークステイ中のお姉さんがウーロン好きだったからです。我が家の茶畑では、先月初めての茶摘が行われました。それからひと月。早くも次の新芽が2回目の収穫適期を迎えていたのです。摘んだお茶葉で作れるのがわかっていたのは緑茶と紅茶。しかしそのお姉さんのリクエストは「ウーロン茶」でした。「うーん、ウーロン茶は中国だから日本の茶葉からは作れないんじゃないの?」と思いましたが、調べてみるとこれもまた同じ茶葉から作れることがわかりました。そこでなんでもチャレンジ!昨日の茶葉収穫から、早くも今朝にはこうしてできたてのホームメイドウーロン茶が出来上がっていました。見た目は紅茶色だけれど抽出前の茶葉は緑茶色。しかし飲んだ味わいはほろ苦くも爽やかなやっぱりウーロンです。

 こうして本日もお昼前から贅沢なティータイム。

 いろんな場所で、いろんな状況で、人はホット一息のティータイムをとります。病院で忙しく働いていたひと頃の自分は控え室のティーバッグがそのお伴でした。電気ポットの隣にはいつもコーヒーメーカーがおいてありましたが、紅茶党の私は働いていた6年間、手をつけたことはありませんでした。目の回るようなスケジュールの合間に、自前の大きいカップに徳用のティーバッグをヒタヒタしてすするブレイクタイム。それは紅茶を愉しむという品格のあるものではありませんでしたが、それでも心を落ち着けてくれる大切なファクターでした。

 その病院時代よりもひとつ前の時代、リハビリの国家資格をとるために勉強していた苦学生時代の3年間に遡ると、お茶さえ飲んでいた記憶がありません。夜は生活費を稼ぐためにバイトしながら昼は居眠りして怒鳴られながらのリハビリ学校での授業。懐に少しでも余裕のある仲間は缶コーヒーをすすっていたけれども、わたしはいつもサビくさい冷水機の水をすすっていました。でもそんなすすり水でも授業の合間に仲間と談笑した廊下のベンチは僕らなりのかけがえのないティータイムだったんですね。私の通っていた学院は今では廃校になった国立の養成学校でした。だから懐に余裕のない様々な境遇の人間が全国から集まっていたんです。私にとってのその3年間は資格を得るための勉強期間でもありましたが、それよりも初めて人間という社会を実経験させてもらった貴重な時期でもありました。それまでの私は人と深く関わることを避けて生きてきたので友と呼べる仲間もいませんでした。しかし寮生活を送ったその3年間は同じ環境にありながらも様々な背景を抱えた仲間と寝食をともにして過ごす生活。私にとってはその学院と寮ですごした年月はかび臭くも郷愁を感じさせる記憶を残してくれました。そして何より、そこで出会った仲間には、人の間で生きることの喜びを教えてもらったのです。

 通り過ぎたどの時代のティータイムもそれぞれが大切な思い出。でも一番大切なのは当然、今このひとときなのですね。そしてあの頃、缶コーヒーと煙草のにおいにまかれ、汚いベンチで談笑していた大切な仲間が今もみな変わらず笑顔でありますように。
スポンサーサイト