2008.12.18 SPIRIT (魂)
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10日以上も更新をしていなかった。
このところ、外国からのWWOOFの申し込みが相次いでいます。
どうやら、長期滞在で日本を旅する外国人の方たちは、夏は北海道など涼しい北部で過ごし、冬になるにつれて南下してくるそうです。しかし、ここは南国九州でありながらも高地にあるために、本州よりも暖かな気候を期待していらっしゃった方たちには少々期待はずれではあるようです。

今月の初めから10日間ほどこのメリーモントに滞在していた男の子がいます。
歳の頃、私がちょうど人生を模索してニュージーランドを旅していた頃と重なります。
彼も「自己」という迷宮の中に迷いこんで苦しんでいた青年でした。

彼がここに来たことは何らかの意味があるのでしょう。彼にとっても、私達にとっても。
前々回の記事でも書きましたが、人の出会いは「偶然」より「必然」が多いように感じます。
そのときに気づかなくても、いつの日か、その出会いが現在の自分にとってかけがえのない「必然」であったことに気づくときが来る。だから私たちはどんな出会いも大切にしたいと思っている。

「薪割り」をしている彼の目は真っ直ぐだった。
普段は人の目線よりも下を向いている彼の目が、鋭く尖った重い鉄の刃を打ち込むその先をしっかりと見据えていた。余計な考えがその手元をわずかに狂わせることを知ってから、その目はさらに鋭くなっていった。身体と精神が一体になって一筋の矢のように的に突き刺さったときに目の前の薪は乾いた音をたてて弾けるように割れる。

彼はこの仕事が気に入っていた。渦巻く精神のエネルギーが行き場を見つけずに身体を滞らせている時でも、この薪割りには足が向いた。私にできたことは、ただ、彼が自分と向き合うチャンスを提供するだけだった。

今は彼が積んでくれた薪の山だけがここに残っている。
まだ割りたててで触ると湿っている。この薪が乾いて軽くなる頃に、彼の心も少し軽くなっているといいんだけれど。でも人の心は薪のようには簡単に乾かない。それがカルマだからというには少し残酷すぎる気がします。

年を越えても、WWOOFの予約が一杯です。どんな出会いでも大切にしていきたい。忙しくてもこの想いは変わりません。人との出会いはやはり宝です。彼の幸運を祈ります。


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メリーモントに新しい仲間が加わりました。
オスのにわとりくん、名前は「ぴよこっけい」。

今年生まれた私達の3羽のひよこは、その後事故などで2羽を失い、今は最初に生まれた1羽のメスだけが元気に庭先を走り回っています。そろそろカップルの相手になってくれる子が欲しいなあと思っていた矢先、縁あってこの子がうちに来てくれることになりました。

この子はまだ生まれてひと月とちょっと。お友達のおうちで生まれました。ここまで大事に育ててくれたのは小学生のお嬢さん。引き取られるときにはとても悲しかったと思いますが、この子は今日、元気に庭を走り回っていました。メリーモントへ来た初日の今日は朝からの雪でとても寒かったけれど、なんのその。午前中は私達が収穫したお米の唐実分けに便乗して、こぼれ米を夢中でついばんでいました。午後は薪割りしている私の周りをずっとくっついてお散歩。薪の中から出てくる虫を時折手のひらにのせて差し出すと、おいしそうに口にいれていました。

この冬が終わる頃には立派な大人になってうちのメスの子と仲のいいカップルになってることでしょう。楽しみです。
2008.12.06 ガンバル!
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「出会い」はあるときは必然ですね。

この日、温室の土台に1本目の柱が建ちました。大きな木槌を振り上げて「ガンバル!」と言いながら笑顔でそれを打ち込んでくれたのがこの人。寒い寒いこの季節に汗かいてTシャツ1枚。彼は遠くイギリスからの来訪。本職はアニメーター、自称「アニメオタク」。これまではオーガニックライフや自給生活なんて鼻をならして笑っていたというこの人が、今日こうして自分で削りこんだ柱を叩き込んでいる。

友人の結婚式に来日した彼が町を歩いていてふと運命の神様にささやかれたようにfarming「農」をしてみたいと思ったのがほんの半月前。WWOOFing初日の晩にお酒を飲みながら、「ここに居るということが自分でもなにか信じられない」と言っていた。けれど、数日間の滞在を終えて帰るときには自分が進むべき新しい道をはっきりと感じてすがすがしく笑っていた。彼のこれまでの人生からは想像もしなかった新しい行き先への道しるべがこのメリーモントに立っていたのでしょう。

私も、こうしてセルフビルドを目前に実際に汗を流しているのは、ある人との出会いがターニングポイントでした。
「家」の手づくりを現実のものとして考えるということはその人の意識を大きく変えます。自分の生活の場、生の中心を手作りできるという自信は、そのほかのあらゆることを自分の手で創りだせるという自信につながります。
「自給」や「手作りの生活」に願望を抱いていた数年前の頃。現実として自分にどこまでできるのか自信がもてずに足踏みをしていた、そのときに出会ったのがある陶芸家の方でした。その方は山の奥の澄んだ小川が流れるすぐ脇に自分で土地を切り開いて木造2階建ての立派な自宅を作り上げた人。興味をもって訪れた日、いつもの穏やかな笑顔で優しく「(家)つくれるよ、できるできる」と言ってくれた。僕は背中をぽんっと押された気がした。

押されて踏み出した一歩がこうして今ここにつながっている。不思議なものです。



土台完成

頑張ってくれました、このNZのお二人。
2週間をかけて、ようやく基礎と土台が完成しました。ごらんの通り、外周のログには十字になるよう刻みをいれてしっかりとかみ合わせています。そして基準面となる土台上部はすべてにわたって水平がとれました。小屋の機能としてはそれほど慎重でなくてもいいのですが、これは自宅建築の大切な前経験です。手抜きをせずにしっかりとつくりました。NZ人の彼らも、これから先、国へ帰ってから土地を探し、私達と同じように家をセルフビルドするつもりです。几帳面なかれらは、私以上に熱心に、丁寧に作業をしてくれました。私を含め、このアマチュアカーペンターズは一歩一歩確実に進化しています!

さて、これからはこの土台に柱をたててログ壁を一面ずつ積んでゆきます。この第二ステージの主役となる助っ人がまた今週ここに訪れてくれる予定です。楽しみはまだまだ続いていきますよ。