皮むき

7~8月にかけて伐倒した杉のログ材たち。
その後の皮むきに時間がかかりました。
私の両親も手伝ってくれて、ようやく40本ほどを剥き終えたところです。

皮むきには専用の機械というものがあります。木肌を傷めずにきれいにむくには、洗車する時のような高い水圧で皮をふきとばすものが機械としては最高ですが、大量の水とエネルギーを使います。

人の手でむくために、いろんな道具を試してみました。自作のピーリングナイフ、ちょうななど、金属製のもの。これは「剥く」というより削るため、木肌を傷つけてしまいます。硬くなってしまった部分を剥くためには有効ですが、基本的にはもっとソフトなものが使いやすいのです。初め、杉の枝を削ったナイフを用いていましたが、すぐに先端がダメになってしまいました。一番よかったのは、やはり昔からの道具、竹のへらです。それも簡単に自作できるもの。孟宗竹を割って先端を削って尖らせます。これが適度にやわらかくて優しく渋皮の下にもぐりこんでくれます。

しかし、いかんせん時間が経ってしまいました。
伐採したすぐ後には水分が多く、楽にむけるのですが、1ヶ月も経つと、表面の水分がなくなり、渋皮が木肌にはりついてしまいます。それをこそぎながら剥くのが非常に時間を要します。

それに、今年は天候の問題もありました。
異常なほどに雨が多かった夏。
ゆえに、本来はカビがはえないようにと土用のあとに伐ったにもかかわらず、剥いた木肌がカビで真っ黒になってしまうほどでした。せっかく木肌を削らずに残すため手剥きしたのに、カビが目立ってしまっては削りとらなくてはなりません。初めの10本ほどでそれを経験したあとは、仕方なく塩素で洗いおとすことにしました。残留する化学物質をできるだけ少なくするために、防カビ剤は使いませんでした。

いろんな苦労がありますが、それだけ得るものは大きかったです。
森の自然を相手に、自分の中の自然とそれをつきあわせていくと、いろんなことが発見できます。

私は、化石資源を人が使い始めたことが、人が相応以上の力を手にしたことの始まりかと思っていたいました。けれど、より長い文化史の中でみると、砂鉄から鉄を生産する技術を身につけたことが自然に対する意識の分かれ道だったようです。それまで石器や木器の鍬で土を耕していたものが、鋭利な鉄の鍬は何倍も生産量があがります。そこに効率を追求する欲が生まれ、自然を征服の対象にする意識が芽生えたと考えられます。

「効率」という陰にみえなくなってしまったもの。それが今面白い。
時間はかかれど、汗のしみこんだこの丸太たちが優しく私達を雨風から守ってくれる日が目にうかんできます。
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小豆

今年の秋に収穫する予定だった、大豆と小豆たち。ほとんど残らず食べられてしまいました。
近所のおばちゃんの話からも、おそらく鹿だと思われます。

とくに大豆は1年分の味噌にしようと、丸2日かけて一粒一粒まきました。
その時の太陽の暑さを思い出します。
けれど僕には腹をたてる気にはなりませんでした。

ここは山の中の畑。周りは広大な面積の山林ですが、ほとんどすべて人が人為的に変えてしまった杉や檜の単一針葉樹林です。昔からすんでいたであろう獣たちは住む場所を失い、生態系としては豊かとはいえなくなってしまったこの地になんとか生き延びているのが鹿や猪たち。実のなる広葉樹がたくさん残っていれば、わざわざ危険を冒して人間の畑に来なくてもよいものなのに。ここでは頻繁に彼らを害獣として撃ちにくるハンターが走り回っています。

だから当然といえば当然。
僕の植えたお豆さんたちで彼らがしばらくの間素敵な晩餐ができたならそれもよし。

「昔、木とひとはもっと仲良しだったんだよ」というトトロの中の言葉を思います。
森に住む人間が、もっと自然に畏れと敬意をもって暮らしていた頃。
そんな感覚を身をもって取り戻したい、と思います。

来年はお豆さんたち、自分の口にはいるかなあ。

稲刈り

今年はじめての体験ずくしの田んぼ。
ついに収穫の日がやってきました。
少し送れて田植えしたのが6月。あれから4ヶ月が経ちました。
心配した台風の影響はまったくなく、今年はどこの田んぼも豊作。
丁寧にひとつかみずつ手植えした我が家の稲たちも無事立派に育っておりました。
じつにじつに感動的な稲穂でした。
スーパーのお米しかしらなかった我々にとっては親も子供と同じ(それ以上の)はしゃぎようでした。

さて、この日はまたしても初めての手刈り体験です。
専用の鎌などもってはいないので、雑草用やらなにやら鎌と言えるものを家中からかき集めて挑みました。
ひと束の稲を握りきれない長女はその小さな手で稲を少しずつ掻き分けて刈ってゆきました。
まだ片手しか使えない長男は妻との二人三脚で1本ずつ刈ってゆきました。
私は、この日も優しく指導してくれる地主さんの技を盗みながらもマイペース。地主さんは久方ぶりの手刈りのはずなのに、その技はまさに黄金。私の数倍のペースでざくざく刈っていました。あまりにも切れ味がいいので鎌の刃が違うのかと思いきや、鎌は引くのでなく、回しながら引き切るのだということを教わりました。また、つぎつぎと5束も重ねて片手にわしづかみにしていく地主さんの手が大きいのではと見せてもらったら「あんたの方が大きいよ」と笑われ、指一本であの太い稲の束を掴んでいたその技にびっくりしたり。

今は農業も大型機械が全盛の時代ですが、自然を相手に培われた人間の知恵と技にこそ人間たる素晴らしさを感じてしまいます。

手刈りがようやく終えた時にはもう夕焼け。空は大きなうろこ雲。明日は天気だねとしばらくみんなで空を眺めたあとにもうひと頑張り。稲を「くびって(縛って)」からそれを竹の竿に掛け干し。地主さんが予想して用意した長さの竿に納まりきらなかったほどの豊作でした。

これから2週間天日に干して脱穀します。
通常、農協などに持ち込んで人工乾燥してしまいますが、手間はかかってもこうして天日に干すお米はやはり味が違うと言います。太陽は偉大です。

今、2週間後の脱穀に向けて、足踏み式の千羽を探しています。昭和初期まで使われていた、こうした人力の農機具は今や近所の農家にも見当たりません。どなたか古い納屋に眠っているその道具を譲っていただける方はいないでしょうか。


獅子舞

 10月3日、ここ尾下にて秋のお祭りがおこなわれました。

場所は尾下菅原神社。メインは熊本県の重要無形文化財に指定されている伝統の獅子舞です。
550年前に大分県で始まったとされるこの獅子舞が山を越えてこの地に伝わったのが明治の初期だそうです。それからこの山奥に住む人々が大切に伝え続けてきたこの文化。

2回目の今年は私も初めて参加させていただくことになりました。

東京育ちの私にとっては、地域でつくるこうした伝統行事に参加すること自体、まだもの珍しく感じてしまいます。しかし今年はそんなうぶな気持ちを払拭して真剣に挑まなくてはなりませんでした。この獅子舞をおこなう氏子は20名ほど。勇壮な太鼓や笛に合わせて2頭の獅子が舞い踊ります。私がいただいた役は獅子の頭(かしら)。人々の目を集める一番の顔ですから重要任務です。当然まだほんの一部分しか踊れませんが、それでも祭りの本番でその伝統行事の中に入れてもらえたことに感慨深い思いでした。

これまで祭りというものは出店でたこ焼きを食べるところ、花火を見に行くところ、伝統行事があれば見物するものでした。しかしこうして1年間を自然とともに、その恵みを頂き生活してみるとその「意味」を肌が感じてきます。日本人のくせに田んぼに足を踏み入れたこともなかった私が初めて田植えをし、秋の実りの収穫を今、目の前にしている。私達の先祖が、命をつなぐ主食である米の豊作を心から神に祈り、それが無事収穫できたときの喜びを皆で分かち、神様に感謝した。それを表すための秋の祭り、そんなことの意味がこの歳になってようやく分かりかけてきた。

今、ここの暮らしの中にはこうした古(いにしえ)を知る喜びに満ちている。そしてそれを新しい地球の未来につなげていく。難しいけれどいい時代に生まれた、と最近思うのです。