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sundays

 4月になり、うちのこどもたちはそれぞれ新年度をむかえています。9歳の長男は4年生になりました。ますますラグビー好きになってきた彼は、この春からとうとう念願のラグビースクールへ通い始めました。この前の日曜日は初試合を経験したところです。

 3月には一ヶ月間体験入部をさせてもらい、入部を決意したのは、熊本市内にあるサンデーズという新興チームです。この春で設立1周年というほんとうに若いチームです。市内ですので、ここからは車で1時間以上かかります。時間もさることながら、私にとっては消費するガソリンも気になるところです。しかし、彼のラグビーに対する夢と熱意を思うと、これはもう応えてやるのが親の務めと覚悟を決めました。

 このチーム、息子もすんなりとけ込めたように、雰囲気がなごやかでいいのです。古豪チームにありがちな体育会気質がなくて笑顔が多い。私が子育てやセラピストの経験を通して思っていたのは、小さい頃にやるスポーツはとにかく楽しむことが大事。たとえばこどもが将来何かのスポーツ選手になりたかったら、歯をくいしばってつらい練習に耐えるよりも、とにかく一生それをやりたくなるくらい、そのスポーツを好きになること。多くの場合、これに反して、親が熱を入れ過ぎて焦り、早くから英才教育をしたがるのが日本の現状。ところがこれだと、早いうちに燃え尽きてしまう。

 私がニュージーランドに住んでいるときに見たのは、小さいこどもが芝生の公園で、裸足でラグビーボールとたわむれている光景。それが日常の中にあって、どの子も気負いなく当たり前の遊びだった。それが世界のラグビー王国の原風景なんです。それぞれの地域にはラグビーチームがあって、ひとつのチームには幼児から高齢者まで、それぞれのレベルで楽しめるグレードがありました。だから、日本の学校にある部活動のチームのように、短期間で成果をださなくてはという焦りもない。おおらかで包容力があり、しかし内容はとても洗練されていてシステマチック。スポコンだけで鍛えるようなところもありません。

 幸い、息子はとてもいいチームに巡り会えて、毎週日曜日の活動日をそれはそれは楽しみにしています。実は私もコーチとして関わることになり、コーチングの勉強を手習いしているところです。 ここでもたくさんのこどもたちと出会えて、あらたなフィールドで若い命を育てることができるチャンスにわくわくしています。
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2015.01.19 はたらく
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「はたらく」ってどういうことだろう?
私はこのことをおとなになるまで考えたことがありませんでした。
大学を卒業した頃は、当たり前のように企業に就職して、ということにどうしても同調できなくてインドへ渡ってしまいました。
それから後に、社会の一員として働き始めてからも、「はたらくとはなんぞや」という問いへの根源的な答えに至らないままに忙しい毎日を過ごしてきたように思います。

家族ができて、阿蘇へ移住し、この生活を始めて8年目。
今考えられる答えは「はたらく」ことは「生きること」だと言えるような気がします。

昨日、近所で有機農家を営んでいる友人のお宅へ、仕事に行ってきました。
そこは農家さんですが、頼まれた仕事は「薪づくり」です。
そこのお家では家の暖房に加え、給湯用のボイラーに薪を使っているので、とてもたくさんの薪を毎日消費します。ところが、友人の彼は家業にとても忙しくて薪を作っている暇がないというのです。薪づくりはとてもハードな仕事です。原木からチェンソーで玉切りをして、それを機械や斧で割り、ストックしていきます。原木はケヤキなどの広葉樹になると、玉切りした40センチくらいの長さのものでも、ひとかたまり30kgくらいはあります。多少この仕事に慣れている私でも、1日作業すると次の日には立てなくなることもあります。

仕事をくれた彼との契約では、基本的には労働の対価として、彼が作った野菜を頂くことにしています。お金はあくまでも通貨です。汎用性の高いものですが、そのお野菜は彼にしか作れないとてもおいしい有機野菜です。私の特技(薪割り)と彼の生産物をこうやって直接交換することは、目に見えないつながりをつくることができます。このつながりというのが、地域の中で生きていくにはとても大きな安心感になります。

昨日はそこへ長男と次男も労働者として同伴してもらいました。
彼らと一緒にいくのは今回が2回目です。

現場では、私はチェンソーでひたすら玉切り。
長男は玉切りした原木をエンジン薪割り機にセット。次男はエンジン薪割り機のレバーを操作して機械を動かして割る。このエンジン式の薪割り機でしたら、原木を機械に乗せることさえできればこどもでも割ることができます。この役割分担で、初回もとてもうまくいきました。

今回2回目の仕事を引き受けるにあたり、実は私、事前に友人の彼にあるお願いをしてありました。
それは、労働の対価として、今回はこどもたちに日当として「現金」をあげてほしいと。
私は普段はお野菜を頂くことで、家族の生活も回すことが出来ますし、それで納得しているんですが、こどもたちには、自分の労働がより広い社会の中でも意義のあることなんだと思ってほしかったからです。

それをこどもたちに話したのは、仕事へ行く車の中でのこと。
ところが、それを聞いた長男は「今はお財布の中にお年玉があるからいらない。もらったらパパにあげるよ」「パパはそれで家作ったりすればいいよ」というのです。次男も同じような意見。「お金より野菜もらったほうがいいんじゃないの?」とまで言われました。

これにはびっくり。
確かに、お金をもらったところで、普段は好きなものを買いに出るということもありませんし、自分の欲というものがお金とつながっていないようなんですね。うちの子たち、遊ぶおもちゃといっても買ったおもちゃはあまりなくて、既成品のおもちゃも頂き物ばかり。
しかしそれより、彼らの中には、すでにわたしが考えていた以上に、「はたらく」→「たべることができる」という図式が育っていたようです。

この日はこのふたり、本当に頑張ってくれました。

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予定より早くに目標量を割り終えてプラスαの仕事もこなして帰ってきました。
家につくと、我が家の敷地からは阿蘇山の噴煙がもうもうと立ちのぼっているのが見えました。

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そして、阿蘇山と反対側にはお隣り大分県にある祖母山が夕焼けに赤く染まっていました。
それはもう息をのむような美しさ。
この地の人はこれを「赤祖母」と呼んでいます。

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この偉大な自然に恵まれ、健やかに成長している我が子たち。
こどもたちと一緒に生きていられるこの時間をいとおしく感じた1日でした。
2015.01.03 竹そり
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これは昨日の日も暮れかかった家の前、自作の竹そりで爆滑する子供です。
もう絶叫と歓声、大興奮で外が真っ暗になるまで帰ってきませんでした。

毎年のことですが、年末にはほとんど家に居られない私。
28/29/30日の三日間は消防団の夜警があり、夕刻から朝まで泊まりがけの勤務になります。そこの会計もやってる私は、夜の食事係も兼ねているため、昼間も買い出しや食事の準備なんかでもう大忙し。ですから、やっと家族とほっと一息をつけるのが31日となります。すでに冬休みにはいっている子供たちにとってはあんまり嬉しくない父親の年末姿なんですね。

明けて元旦には住んでいる部落の新年会があります。さらにそこの会計も務めている私はこの日も半日は大人どうしの付き合いに出かけてしまい、これまたこどもは少々さびしい状況。

そんな地域の役がようやく一段落する2日、ようやくこどもとのまとまった時間がとれます。
外は前日からの雪。
かねてから約束していた「竹そり」づくりには絶好のチャンスとなりました。

竹は肉厚のモウソウ竹を敷地内から切り出します。

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その竹を子供たちと一緒に切ったり削ったり。
普段からのこぎりには慣れている上の男の子2人はもう進んでどんどん切っちゃいます。
角を削るナイフも怖がることなく。

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この頃はもうすぐ2才になる末娘までのこぎりを持ち出して「ぎこぎこ」やっています。

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当然、まだちゃんと切ることはできませんが、刃物をきちんと「道具」として認識していることは目に明らかです。その証拠に、教えてもいないのですが、私にそののこぎりを手渡すときには、のこぎりの持ち手を私に向けて渡すのです。これは、上の子たちには刃物を扱う際の約束事として教えていたことですが、1才の彼女にはまだ話してもいなかったことなのです。それを自分で考えて身につけていたことには驚きました。

道具を使っておもちゃを手作りする。

言葉にすれば簡単なことですが、これは決して簡単にはできません。
そしてその作業の中にはとてもたくさんの成長の種が潜んでいます。
それを着実に身につけてくれている我が家のこどもたちを誇らしく思えた竹そり作りの1日でした。
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「経験したことのない大雪」と言ってました、近所の奥様が。
全国的にもかつてないほどの積雪になりましたが、ここ阿蘇でもすごかったです。
東京育ちの私としては、たぶん生まれて初めての積雪量でしたね。
メリーモントの庭先ではこどもがすっぽりはまり込んでしまうほどの深さ。
私が歩いても、ずぼっと膝上までめりこんでしまうので、ほとんど歩く気になれません。
しかしこどもたちはもう毎日おおはしゃぎで雪遊びでした。
スクールバス通行不能なため、連日学校は休校。これがほんとの冬休みですね。

さて、この大雪が降るちょっと前、うちのこどもたちと一緒に木工教室をいたしました。
題材は「郵便ポスト」。
昨夏にメリーモントへ引っ越してからは、住みながら家を作りつづけてきたもので、郵便受けなんていうものは後回しになってたんですね、ずっと。郵便屋さんは段上にバイクを停めて、家がある段下までいちいち歩いて郵便物を届けに来なくてはならないので、「ポストまだあ?」と何度も催促されていました。

ようやく家も一段落したところで、こういった生活に彩りを加えるような制作作業にかかることができるようになったというわけです。
材料も、製材所ででた端材です。15mm厚の板材で、30cm×100cmほどの大きさのものがわんさかとでるんです。製材所としては廃棄してしまうこんな端材でも、ちょっとした工作にはもってこいです。

こどもが中学を卒業するまでに、自分の小屋1軒を作れるように、大工技術を伝えておこういうのが私の目標です。今のうちから基礎的な道具の使い方を機会を見つけては教えるようにしているものの、なかなか時間をとれずにちょっと不甲斐ないんです。今回は長男には墨のつけかたを教授。

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ちょうど学校で定規の読み方やら長さの単位やらを勉強しているので実生活で活かすいいチャンスです。
そして次男にはのこぎりの使い方を中心に。

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真剣です。
これくらいのこどもにとっては、15mmくらいの板厚というのがいちばん扱いやすいんですね。私が家作りでよく使っている1寸(30mm)厚になると、のこぎりで切るのはもう大変。丸のこになれちゃってますから、嫌になっちゃいます。5分(15mm)くらいだと、こどもでも無理なく切れる。こどもの工作では、その板で構成できるようにあらかじめ設計を考えてあげるといい。板をつなぎ合わせるには、基本の釘。わたし、いつもは木ネジをインパクトドライバーでバリバリ締め付けるんですが、これを手で締めるのは至難の業。もう腱鞘炎になっちゃいます。常日頃、どれだけ電動工具に頼りきっちゃってるのかを痛感しますね。釘は固定力は落ちますけど、作業効率はいいです。力もいらないし、基礎的な道具を操作するいい訓練になります。

こども達には、はじめにわたしが描いた図面を見せてイメージをもってもらい、材料を拾い出して墨をつけ、のこぎりで切ってもらって、みんなでとんとん釘で組み立てました。細かいディテールはわたしの趣味でやらせてもらい、親子作業で仕上がったのがこの郵便ポストです。

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屋根は芝屋根のイメージで緑のペンキで塗りました。横には光が入る窓もついてるんですよ。煙突もつけて、我が家のミニチュアモデルです。なかなかでしょ。
SAA

 ひきつづき三男ネタです。

 3歳だった彼が昨日で4歳になりました。男三兄弟のなかでも3番目の彼は、日頃からお兄ちゃん達の悪影響をうけてチャンバラごっこやドンパチあそびに興じています。その彼が今年の誕生日のプレゼントにリクエストしたのがゴムでっぽうでした。今年の4月には次男の6歳の誕生日にライフルタイプのリアルゴムでっぽうを作ったんですが、三男は片手で扱える拳銃がいいとのことでした。

 拳銃っていうのは、まあ端的にいうと人殺しの道具ですから、こどもに与える玩具としてはあまり教育上好ましくないかなあという思いももちろんありますけど、それでも僕自身もこどもの頃にエアガン遊びに熱中してましたし、「武器」というものに憧れるのは男の性(さが)なんでしょうかねえ。

 それでも、普通におもちゃやさんでプラスチックのモデルガンを買い与えるのではなくて、父の手作りというところで愛情を感じてもらえればいいなあと思い、今回も武器製造に着手したわけです。前作ではDeerslayerという鹿狩り用のライフルをリアルにモデリングした木製ゴムでっぽうを作ったんですが、今回はコルト社のSAA(Single Action Army)というクラシックなモデルを再現してみました。

 この拳銃は、西部開拓時代の1873年から製造され、ウィンチェスター銃と並んで「西部を制した銃」として有名です。西部に平和をもたらしたという意味からピースメーカーという異名がつけられていますが、まあこれはまったくの白人主観ですね。インディアンサイドからすれば、祖先を虐殺された憎きシンボルということになるでしょう。人間の歴史というのはそういったダークな部分も含めて今につながっているわけで、僕としてはゴム鉄砲ひとつ作るにあたっても、ひとつの銃から、それが作られた時代や人々の思いを学ぶ大切な時間になるわけです。

 今回作製したのはおそらく原寸の9割くらいに縮小したキッズサイズです。できるだけ細部にわたって再現するために、パーツの構成も実物に近いものにして、木製では弱いトリガーやトリガーガードの部分はアルミ製にすることにしました。

 制作日数わずか2日間でできあがったのがこの写真のものです。本体はブラックに塗装し、グリップ部分は木製の味わいを残すためにオイルフィニッシュに仕上げました。もちろんゴムの発射機構も好調です。4歳児にも扱い易いようにグリップはできるだけ削って細身にし、ゴムの張力もそれほど強すぎないように銃身長を考えました。

 ただひとつのウィークポイントだったのが後部の撃鉄部分で、木製で細身なのでそこが折れないかなあ、という心配がありましたが、案の定、このブログを書いている最中に階下で大騒ぎで遊んでいたこどもたちが「あーっ、おれたあー!」との声。これもより完成度の高いモノ作りへの試練だと思い、次回作に向けての課題といたしましょう。
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