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 12月は年の暮れで何かと忙しくなって来ますが、冬の仕事として頑張らなくてはいけないのが薪集めです。
 薪生活をやり始めた頃は、原木の調達にいつも不安を抱えていました。自分の山というのを持ってないので、ことある度に人に声をかけておいて、お声がかかったらいつでも、多少遠くても軽トラで取りに行ってました。が、軽トラに載せられる原木の量というのはほんのわずかですので移動にかかるガソリンのエネルギーを考えると、薪を使うことが持続可能なこととも思えないことも多々ありました。

 「薪調達は近場に限る」というのが鉄則です。今回の薪は家から車で10分という超好立地の現場です。よく知る地元の山師さんが杉の全伐(残さず全部伐採してしまうこと)をしているというので、その端材をもらえることになったんです。杉は火持ちが悪いので暖房用のメインには使いませんが、風呂と調理に毎日使います。ですから、我が家では暖房用の広葉樹よりも消費量が多いのが現状です。周囲には杉の山ばかりで疎まれるほどの存在ですが、いざその薪を集めたいとなっても勝手に持っていくわけにはいきませんので、伐採現場の中に入っている人と繋がりをもつというのは重要なファクターになります。

 今回の現場では5町ほどの広さ(約5000平方メートル)の伐採で、プロセッサーという重機がメインになって凄まじい速さで伐採していたものですから、端材も山となっておりました。

 その端材、どんな具合に生まれるかと言いますと、伐採はまずチェンソーで行います。山は急斜面で場所によっては這うようにしないと登れないほどです。そこをチェンソーを担いで3人の山師が手際よくチェンソーで切っていきます。ある程度の面積をまとめて切ると、今度は全員がそれぞれの重機に乗り換えて作業します。クラップルという手がついたユンボで切った杉を集めながらプロセッサーが杉の枝を払い、さらに玉切りしていきます。根元から1.5mほどは曲がりがあるので切り落とし、そこから3m材を採っていきます。途中で曲がりがあったらそこはまた端材として切り捨てます。3m材のいい部分は建材としてまとめ、細いものや曲がったものはチップ用に分けていきます。そして3mに満たないものは山に残されて土になります(土になっちゃうんです!)。大雨の時にはこれが原因で土砂崩れを拡大させるとも言われています。

 丸太を山から持ち出すことを搬出と言いますが、市場に持っていくには搬出用のトラックがやって来ます。このトラックに積み込むには、3mが最小のサイズなんです。ですから、私がもらえるのは3m未満の端材。私が使う2トン車の荷台サイズがちょうど3mなので、これは私にとっても好都合。あまり大きくてもあとが大変です。

 今回の現場では大量の端材が出たのでトラック8台分の端材を持ち帰りました。全て一度にはさばき切れないので少しずつでも薪にしていきます。

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 植林された杉山が大雨で土砂崩れを起こすということが問題になっていますが、実際、こうしてその恩恵もいただいています。山の現場で働く人も一生懸命やっています。日本全体のタクトを振る人がもう少し賢ければいいのになあと思ってしまいますね。
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このブログをときどきでもチェックしてくださっている方々へ
ブログ更新が記録的に滞っておりましたこと、深くお詫びもうしあげます。

昨晩熊本で起こった地震のあと、私たちの安否を気遣ってたくさんの方よりご連絡をいただきました。
ブログでも近況をお知らせしていなかったのでよけいにご心配おかけしていたことを知りました。

こちら、阿蘇でもけっこうな揺れを感じましたが、幸いなんの被害もなく、いつも通りの朝を迎えております。
写真の花は、今ステイしているフランス人のウーファーさんが昨日、仕事の帰りに道ばたで摘んで来てくれた春の花々です。竹を花瓶にして生けてくれました。その花瓶も食器棚の上で倒れずにちゃんと立ってくれております。

今年にはいり、毎日いろんな仕事に追われておりますが、田植えの準備は着々と進んでいます。
さらに、我が家の建築のほうもそれなりに暇を見つけて少しずつ進めている状況です。

そんな進捗状況についてはまたあらためて別記事でアップしたいと思います。
とりあえず、ご心配おかけしておりました皆様へのご挨拶にブログ再開のお知らせでございました。

今後ともよろしくお願いもうしあげます。
uenaimori

先週末、「植えない森づくり」の活動に参加してきました。
この活動、熊本在住の平野虎丸さんという方が長年にわたってやってきている自然保護活動です。

虎丸さんは出資者を募り、各地の杉植林地の山を購入して、杉を伐採した後にそこを自然林に戻す活動をしています。戦後の拡大造林政策で大量に植えられた杉の木を、動物も住める自然の森に戻していこうということで、杉の伐採の後には、ほとんど人は手を加えず、自然の植生に任せて長い年月をかけて安定した森に変えていきます。
昨年、虎丸さんはメリーモントからすぐ近くにある山林20ヘクタールを、その植えない森づくりのために購入しました。私も縁あって虎丸さんの活動のお手伝いをさせてもらえることになったのです。

1週間前の土曜日には、はじめてその山へ行ってきました。
一緒に連れていった息子3人は、私たち大人が駐車場にする場所を草刈り作業をしている間、離れて遊んでいるようにといいつけておきました。1時間後、遊びから戻ってきた彼らは満面の笑み。心ゆくまで自然の中で遊んだ彼らはほんとうに楽しそうでした。この山は部分的には杉の人工林。初めに人工林の中で遊んでから、自然林へと移動していった彼らの口からは思いがけない言葉が聞かれました。それは、「匂いが違う」という表現。自然林のほうが匂いが良くて、とってもいい気分なんだそうです。これは、草刈り機の排気に包まれて作業していた大人たちには気付かなかったことです。こどもの表情をみれば、私たち大人が彼らのために本当に何を残していったらいいかを教えてくれます。そして、おまけに戻ってきた彼らの手には拾ったゴミ。大人が山をきれいにしていることをよく解ってくれていました。

植えない森づくりの活動に興味のある方は虎丸さんのブログ「山大学 植えない森のすすめ」をごらんになってください。これからこの高森の山では伐採した杉を使った小屋づくりなど、夢のあるプロジェクトを進めていく予定です。たくさんの方に興味を持ってほしいです。


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今日は末娘の2歳の誕生日。
毎度のように、誕生日は家でパーティー。
いつもは夜にごちそうとケーキを作り、プレゼントを渡すというのが恒例なんですが、やっと2歳になった彼女は、まだ夜が早く、普段は夕食どきには疲れて機嫌が悪くなります。
ですから、今回はランチタイムにパーティーをすることにしました。

ちょうど小学生たちも冬休み中ということもあり、家族全員がそろっているということも幸いでした。

小学生のこどもたち、上の2人は食事のメニューのうち、1品ずつを料理してくれることに。
妻はデザートのケーキを朝から仕込みました。
小学1年の二男は一昨日から、木を使ってかわいいおもちゃの飛行機を作ってプレゼント。
5歳の三男はアルミホイルを使って家の中で投げて遊べるようにとボールを手作り。

それぞれが思い思いに自分ができることをプレゼントする中、
私は1年越しの想いをこめて木馬を作りました。

実はこれ、彼女が1歳になる誕生日にプレゼントしようと考えていたものなんですが、1年前の正月はこれを作る時間がどうしてもとれず、何もプレゼントしてあげられなかったのです。

今回は2日半をかけて設計、製作しました。

juribd2

はじめはおそるおそる動かしていたものの、次第に慣れて大胆に。
こんな大きなおもちゃが自分だけのものだということにもとても誇らしげで、他の子が代わってのらせてくれと再三お願いするのにかかわらず、とうとう1時間もこぎ続けておりました。

気持ちをこめた手作りのプレゼントの神髄というのがここにあります。
その子が笑顔で幸せな時間を過ごしてくれるようにと誰もが想いを寄せて祝った素敵な誕生日でした。
2014.08.15 命の授業
kiyo

今年もやりました、こどもDIYキャンプ。近年恒例になっている、生きた鶏をさばいてそのいのちを頂くというのがメインイベント。加えて、アクティビティーとしての藍染めはおとなこどもみんなで楽しみました。

鶏の解体を初めて見る子はびびって逃げていましたが、昨年までに、すでに経験ずみの子はこんなにたくましいです。(もうちょっと慎みをもっては?)と思ってしまうほど思い切りのいい断頭ぶりです。

初めてこのキャンプに参加された奥様に「これって林家では日常なの?」と聞かれましたが、全然そんなことはありません。日常にしたいとは思ってますが、今居るのは20羽の合鴨ちゃんだけ。日常の動物性タンパク質は頂き物のお肉がメインです。5人のこどもも育ち盛りを迎えていますから、鶏くらいは早く採卵兼食肉用として飼いたいと思ってます。

そんなわけで、私としても1年ぶりの鶏の解体。このキャンプでは、こどもたちにできるだけ生の体験をさせたいということで、無理のない部分をどんどん手伝ってもらいます。まずは鶏小屋から食べるための鶏を5羽つかまえてくるところ。そのファーストタッチでいのちの温度を感じてもらいます。その後、狭い木箱に少しの間入れておきます。暗いところに入れておくと、鶏は睡眠モードになっておとなしくなります。その間に私的には「鶏さんのいのちを頂くってこんなに大切なことなんだよ」というレクチャーをするつもりでしたが、なんだかこどもたちはまるで聞く耳もたずに離散、そして中断。私は苦笑。

さて、次にいざ生きた鶏の命を抜く作業。
一番だいじなのは、できるだけ短時間に終わらせること。鶏に不要な苦しみを与えないために。
左ほお骨のすぐ下にある頸動脈を深くしっかり切ります。この時、首は落してはいけません。体から血を抜き切るために最後まで心臓を動かしておきたいからです。これがなかなか難しい。慣れないと、ナイフを深く入れられません。すると血があまりでずになかなか息絶えてくれず、苦しくてずっと暴れさせてしまいます。切る場所をしっかり確認し、ためらわずにざっくりいくことです。この役目、一番気が重い仕事でありますけれど、鶏わんにとっても大事な部分なので、私と、3回目の経験者である別のパパがやりました。

うまくいけば1分、少し長めでも3分ほどで絶命します。

これを見ていたうちの長男。
あとになって聞いたこの時の感想は、
「人間って勝手だなあ、と思った」

まことにその通りなんです。私もほんとにそう思います。特に、生きたくて暴れる鶏を力ずくで押さえつけてその首を掻き切るときには心がびりびりするくらいそう感じます。だからこそ、これをやっているんです、毎年。

お肉といえば、スーパーでパック詰めされているきれいな塊しか思い浮かべませんよね、普通。
でもみんな生きていたんですよね。これ、当たり前の事実なんですけど、それを実感してる人ってどれくらいいるんでしょうか?別にそんな実感は必要ないって思う人もいるでしょう。大多数はそうかもしれません。

でも私はどうしてもそこにこだわりたい。
他の命を奪って私たちは生きているという事実。
これ、この地球に生きるすべての生き物の掟。
でもいつからか、人間だけが自分は別格だと勝手に勘違いしてしまっている。

例えば、陸の王者ライオンだって、必死で獲物をつかまえるために走り回る。老いてきたら走るのが遅くなってなかなか食べるものをつかまえられずに飢えていくこともあるでしょう。いくら強者でも、食べるために命をかけてるんですよね。人間も、食べることに命をかけるほど真剣にならなくちゃいけないんだと思う。飽食のこの国にあるからこそ、意識的にそれを思いながら食べなくちゃいけないと思ってしまいます。

1泊2日のこのキャンプが終わるとき、毎年、参加してくれたパパやママに感想をお聞きします。
感じかたはいろいろですけれど、みなさんそれぞれ参加して良かったと言ってくれます。
それを聞いて私も、「ああ、今年もこのキャンプをやって良かったんだなあ」と思えるのです。

我が家で「肉大臣」を任命している、お肉大好きの次男は、早くも20羽の合鴨に脂肪がのり、食べごろになるのを楽しみにしています。そのために毎日喜んで餌をやりに行ってくれています。彼はこのキャンプでも最後まで骨をしゃぶっておりました。親の私よりもたくましく育っています。これが我が家流の食育現場。学校では絶対に教えられない命の授業なんです。

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